備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

労働生産性と所得の動向(補足)

 前稿で一人当たり名目雇用者報酬(前年比)の寄与度分析を行ったが、これについて以下の2点を修正した。
 第一に、国内総生産を(付加価値法による)生産側国内総生産に統一した。
 第二に、物価の寄与はGDPデフレーターから計算していたが、一人当たり雇用者報酬の実質化を考える上で、このデフレーターを使用することは適切ではない。雇用者報酬の実質化には「家計最終消費デフレーター(除く持ち家の帰属家賃及びFISIM*1)」が用いられており、貨幣の購買力を基準とした雇用者報酬を考える上で、これを用いる方が適切である。ただしこのデフレーターは公表されていないため、これにより近い「家計最終消費デフレーター(除く持ち家の帰属家賃)」を用いることとし、寄与度分析の推計式を以下のように改めた。

 \begin{align*} \frac{w_t-w_{t-1}}{w_{t-1}} = \frac{(p_t-p_{t-1})\cdot d_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}} + \frac{(\alpha_t-\alpha_{t-1})\cdot p_{t-1}\cdot d_{t-1}}{w_{t-1}}\\ + \frac{(\bar{d}_t-\bar{d}_{t-1})\cdot g_{t-1}\cdot p_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}} + \frac{(g_t-g_{t-1})\cdot \bar{d}_{t-1}\cdot p_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}}\\ + \frac{(p_t\cdot d_t-p_{t-1}\cdot p_{t-1})\cdot (\alpha_t-\alpha_{t-1})+(p_t-p_{t-1})\cdot (d_t-d_{t-1})\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}}\\ + \frac{(g_t-g_{t-1})\cdot (\bar{d}_{t}-\bar{d}_{t-1})\cdot p_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}} \end{align*}

 w :一人当たり雇用者報酬、 p 労働生産性 \alpha 労働分配率 dGDPデフレーター \bar{d} :家計最終消費デフレーター(持ち家の帰属家賃を除く)、 g(= d / \bar{d}) :物価ギャップ)

 この変更により(実質)雇用者報酬に対する物価の寄与を適切に把握できるとともに、GDPデフレーターとのギャップ(物価ギャップ)の寄与が新たに計測される。また上式第6項を交差項に加える。その結果はつぎのようになる。

 まず第一の変更により、足許2015年の労働生産性の寄与はより小さくなる。また物価ギャップを除けば、物価の寄与は小さくなる。すなわち、物価ギャップは実質一人当たり雇用者報酬を高める方向へ働いたことになる。
 一方2014年は物価ギャップがマイナスとなり、物価の寄与は大きくなる(約2.7%)。これは消費税率引き上げのタイミングを考えれば自然である。

 物価ギャップの動きに与える要因については、この見直しを行うにあたって参照した『平成28年版 労働経済白書』では、近年、交易条件が大きな影響を与えているとしている*2

*1:FISIMとは間接的に推計された金融仲介サービスの産出額。SNAでは通常、利息収入は財産所得となり産出額には計上されない。一方、金融仲介を行う金融機関では、金融機関内取引より割高(ないし割安)な金利で利用者にサービスを提供し事業収入を得ているため、この利子の「差分」に当たる額が産出額に計上される。なお、FISIMについては以下も参照:http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20151101/1446361485

*2:http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/16/dl/16-1-2_02.pdf

労働生産性と所得の動向

 ここまで、改定後の国民経済計算(SNA)を用い、制度部門別*1貯蓄投資バランスや、可処分所得から貯蓄、付加価値から可処分所得へのフロー等を確認してきた。その中で明確になったのは、

  • 近年の制度部門別貯蓄投資バランスにおいて特徴的なのは一般政府であり、貯蓄に対する投資超過幅は縮小傾向にある*2
  • 貯蓄の前年差を制度部門別寄与度でみても、近年、一般政府の増加寄与は大きい。この間、一般政府の最終消費は増加しているが、これを上回って可処分所得が増加している。

ということである。これらの分析では、それぞれSNAの資本勘定、所得支出勘定を用いた。本稿では、SNAの体系から所得の源泉をさらに遡り、国内総生産勘定における近年の特徴を確認する。

 国内総生産勘定は、借方に生産側から推計した国内総生産、貸方に支出側から推計した国内総生産を配置し、両者の差額はバランス項目である「統計上の不突合」として借方に置かれる。一般に「国内総生産」(GDP)と呼ばれるのは支出側の国内総生産であり、この額は、財貨・サービスの国内総供給から(各需要先別の)配分比率、運賃・マージン率等をもとに流通段階ごとの需要項目別金額を推計するコモディティフロー法によって推計される。一方、生産側の国内総生産は、経済活動別(産業別)の産出額から中間投入額を控除する付加価値法によって推計され、支出側の国内総生産とは概念的には同一であるものの、推計方法の違いや使用する基礎統計の違いから乖離が生じる。この乖離分が「統計上の不突合」であり、したがって通常使用される「国内総生産」から「統計上の不突合」を減じたものが(付加価値法による)生産側国内総生産となる。
 国内総生産勘定の借方をみると、生産側国内総生産は「雇用者報酬」*3、「営業余剰・混合所得」(純)、「固定資本減耗」、「生産・輸入品に課される税」および控除項目である「補助金」という分配項目によって分割されている。ただしSNAの体系の中には、いわゆる三面等価のうちの分配側国内総生産に係る項目はなく、生産側国内総生産から個別に推計した雇用者報酬、固定資本減耗、生産・輸入品に課される税((控除)補助金)を差し引いたバランス項目が営業余剰・混合所得(純)となる。なお営業余剰・混合所得(純)の制度部門別分割は、別途の方法により行われる。

 以上を踏まえると、(生産側)国内総生産に占める雇用者報酬の割合をみれば、一国全体に付け加えられた付加価値の源泉から家計へ流れたフロー額の概略を確認することができ、これを本稿では「労働分配率」とする*4。なお一人当たりでみた雇用者報酬の増減率は、労働分配率の他、労働生産性および物価によって寄与度に分けることができる*5。本稿では一人当たり実質国内総生産を「労働生産性」とするが、生産側国内総生産の実質値はないため、*6支出側の一人当たり実質国内総生産労働生産性とする。

 まず労働生産性については、就業者ベースの一人当たり値と雇用者ベースの一人当たり値は、当然、その額が異なるが、就業者に占める雇用者比率が上昇し自営業者・家族従業者が減少している近年の傾向から、就業者ベースの方が上昇傾向は強く表れる。ただし何れでみても労働生産性労働分配率は概ね逆相関である。またトレンド要因を除くと労働生産性景気循環と概ね順相関となるのに対し、労働分配率景気循環と概ね逆相関であり、賃金の下方硬直性(ないし「上方硬直性」)という考え方と整合的である。

 また、同様に(生産側)国内総生産に占める生産・輸入品に課される税((控除)補助金)の割合をみれば、一国全体に付け加えられた付加価値の源泉から一般政府へ流れたフロー額の概略を確認することができる。これをみると2013年から直近の2015年にかけ、その割合が大きく上昇している。この間、労働分配率は低下していることから、付加価値の源泉からの家計の取り分が一般政府へ流れた可能性を指摘することができる。

 最後に、一人当たり雇用者報酬(前年比)に対する上述の寄与度分解を実際に行ってみる。具体的な算式はつぎのようになる。

 \begin{align} \frac{w_t-w_{t-1}}{w_{t-1}} = \frac{(p_t-p_{t-1})\cdot d_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}} + \frac{(\alpha_t-\alpha_{t-1})\cdot p_{t-1}\cdot d_{t-1}}{w_{t-1}}\ + \frac{(d_t-d_{t-1})\cdot p_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}}\\ + \frac{(p_t\cdot d_t-p_{t-1}\cdot p_{t-1})\cdot (\alpha_t-\alpha_{t-1})+(p_t-p_{t-1})\cdot (d_t-d_{t-1})}{w_{t-1}} \end{align}
 w:一人当たり雇用者報酬、 p労働生産性 \alpha労働分配率 dGDPデフレーター

ただし全体の整合性を確保するため、労働分配率は支出側の実質国内総生産を分母とし、「一人当たり」は雇用者ベースに統一する。また、右辺第4項は交差項とする。

結果をみると、概ね労働生産性労働分配率の寄与度は反対方向を向く。ただし通常とは異なる動きを示す時期もあり、1997年や2005年、2014年など景気循環の変わり目では同一方向を向く場合がある。また景気の拡張傾向が強めに現れた2005年から2006年、あるいは2014年以降において労働生産性の寄与は意外にも小さく、特に足許の2014年以降は一人当たり雇用者報酬の上昇分はほぼ物価上昇分によって語ることができる。雇用情勢はこの間堅調に推移しているが、必ずしも労働生産性は高まっておらず、雇用の増加はむしろ一国全体の労働生産性を弱めた可能性がある。今般の雇用の増加は、産業別には医療・福祉を中心とするサービス産業、性別には女性が主体となるものであり、こうした事実は、資本装備率が低下することで労働生産性を弱め、結果的に一人当たり雇用者報酬を実質的には減少させた可能性とも整合的に理解できる。
 加えて政府部門からの「巻き戻し」は労働分配率を低下させ、このことも一人当たり雇用者報酬の実質的な減少につながっている。この物価動向と逆転した労働分配率の動きは、前稿までで確認したマクロ経済政策の不整合性に関係する。

 これだけを判断材料とすれば、雇用者数の増加は労働生産性を引き下げ、一人当たり雇用者報酬の実質的な減少を通じて消費をも引き下げているように思われるかも知れない。しかし一方で、全期間を対象とした回帰分析から、雇用者数は民間最終消費支出と順相関的な関係があることがわかる。この関係性は労働生産性についても同様である。一方、労働分配率は民間最終消費支出との間に相関関係がみられず、GDPデフレーターは通常の想定(物価下落から消費増加へ)とは異なり順相関の関係となる*7

以上の分析から、極めてありきたりな言い振りではあるが、労働生産性を高めていくと同時に雇用の改善を図ることが重要であり、その結果として消費が増加し、持続的な経済成長と生活水準の実質的な向上が図られる、とのまとめになるだろう。またこの分析から、完全失業率が極めて低水準ながら一人当たり賃金が増加しない近年のパラドックスの一因を垣間見ることができる。男性中高年の賃金が停滞するという賃金構造上の動きが直近の統計にはみられるが*8、このことは、上述の労働生産性(ないし資本装備率)の動きにも関係していると想定される。この関係を繋ぐことが今後の分析課題となる。

*1:SNA上の制度部門は非金融法人企業、金融機関、一般政府、家計(個人企業を含む)、対家計民間非営利団体の5部門からなり、これらの合計が一国経済となる。

*2:このことは、一般政府のプライマリーバランスが改善傾向であることを意味する。

*3:国内総生産勘定の「雇用者報酬」は国内ベースであり、前稿の分析で使用した所得支出勘定の「雇用者報酬」とは海外からの所得の純受取分だけ違いが生じる。また、雇用者報酬および財産所得に係る海外からの所得の純受取分を(支出側)国内総生産に加えたものが「国民総所得」(GNI)となる。

*4:通常使用される「労働分配率」は、国民所得(要素費用表示)に占める雇用者報酬(国民ベース)の割合である。なお、要素費用表示による国民所得は、雇用者報酬(国民ベース)、財産所得(国民ベース)の純受取分、営業余剰・混合所得(純)の合計額(第1次所得バランス)から、生産・輸入品に課される税((控除)補助金)を差し引いた額に一致する。

*5:寄与度は因果関係を示すわけではない。例えば、物価には雇用者報酬が先行している可能性がある(http://www5.cao.go.jp/keizai3/shihyo/2017/0327/1166.html)。

*6:事実誤認がありましたので修正しました。生産側国内総生産の実質値は「主要統計表(3)」に記載があります。

*7:ただしGDPデフレーターのみを独立変数変数とすると、相関関係は消滅する。

*8:http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2016/index.html

真の失業率──2017年3月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に 就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで、完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月と同水準、真の失業率も3.1%と前月と同水準となった。ただし、傾向としては引き続き、真の失業率は減少基調である。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する2月までの結果は以下のようになる。賃金、物価ともに概ね先月の水準と変わらない。物価の上昇傾向に賃金が追い付かず、実質賃金は当面、停滞する可能性が高い。

https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

付加価値の分配と貯蓄の動向

 前回は、国民経済計算確報の資本勘定から改定後の貯蓄投資バランスの動向を確認し、長期的には国民経済計算の改定前と同様、家計部門の貯蓄超過幅がしだいに縮小する一方で企業部門が投資超過から貯蓄超過に転換し、その後の貯蓄超過幅も拡大する傾向であること、一方、近年の動きに特徴的なのが一般政府で、その投資超過幅は縮小する傾向にあり、このことが足許2015年の一国全体でみた貯蓄投資バランスの拡大にも寄与していることを確認した。本稿では、制度部門別にみた付加価値の分配から、さらに貯蓄の動向を探ることとしたい。

 資本勘定の借方に計上される「貯蓄」は、計測期間内の生産過程で付け加えられた付加価値の分配を記録する所得支出勘定において、可処分所得から最終消費支出を差し引いたバランス項目として*1一国全体および制度部門別に推計される。また所得支出勘定では、資本勘定の貸方に控除項目として計上される「固定資本減耗」と合算したグロスベースの貯蓄も計上される。よって所得支出勘定を分析すれば、グロスベースの貯蓄の増減に対する寄与度を消費・所得の増減別、および制度部門別に確認することができる。加えて、付加価値から可処分所得に至るフローの動きをみることで、貯蓄の増減に対する租税の影響も捉えることができる。

 まずは、貯蓄の増減(前年比)に対する最終消費支出および可処分所得の寄与を一国全体の勘定から確認する。グロスベースの貯蓄は、リーマンショック後の大きな変動を経て2012年から明確に増加傾向となる。この間、最終消費支出は一貫してマイナス寄与となる一方、可処分所得はプラス寄与である。

 これらの寄与を制度部門別にみると、つぎのようになる*2

貯蓄については、足許では企業部門(非金融法人企業)、一般政府部門、家計部門がそれぞれプラス寄与となっているが、特に一般政府が2011年から一貫してプラス寄与であることが注目される。さらにこれを消費・所得別にみると、一般政府の消費は貯蓄に対し大幅なマイナス寄与であり、この間、政府支出の規模が大きかったことを示している。ところがこれを大幅に上回って、一般政府の可処分所得はプラス寄与となり、一般政府の貯蓄形成につながっている。
 このように、前回指摘した経済政策の不整合という問題は、所得支出勘定の分析を通じて明確にすることができる。ただし、一般政府の貯蓄の形成と最終消費支出の縮小という事実は、支出側からみた場合、必ずしもいわゆる「公需」の減少を意味するわけではない。一般政府の総固定資本形成(いわゆる公共投資)は、所得支出勘定の中では、(最終消費支出ではなく)バランス項目である貯蓄に含まれる。政府部門が支出を増やす一方、それを上回る資金を市中から吸収していたという事実は、あくまで貯蓄投資バランスを通じ明確になるものである。

 さらに分析を続け、可処分所得(グロスベース)に対する寄与度を所得支出勘定の項目別に確認する。付加価値を構成するのは「雇用者報酬」、「営業余剰・混合所得」(グロスベース)、「生産・輸入品に課される税」および控除項目である「補助金」であるが、可処分所得は、さらに「財産所得」と「その他経常移転」の純受取分から構成される*3。なお「純受取分」というのは、一国全体にとっては海外部門からの純受取分を意味する。

 可処分所得の増減に対して一貫して大きな影響を与えているのは営業余剰・混合所得である。ところが足許では、家計部門の受取である雇用者報酬と一般政府部門の受取である生産・輸入品に課される税が増加に寄与している。雇用者報酬の増加は、本来、家計部門の消費の増加に寄与し得るものであるが、一方で可処分所得への寄与度を家計部門に限ってみると、雇用者報酬が高いプラス寄与となる一方で、所得・富等に課される経常税や純社会負担という再分配に係る項目がマイナスに寄与し、可処分所得の伸びは抑制されている。純社会負担については、リーマンショック後は一貫してマイナス寄与となり、公的年金制度に係る負担の増加が家計の可処分所得に抑制的に働いていることを窺わせる。ただしこれら再分配に係る項目は、景気後退期にはむしろプラス寄与となることから、景気変動を自動的に安定化させる仕組み(ビルトインスタビライザー)という一面も持っている。

 しかしながらその一方で生産・輸入品に課される税については、上述の再分配に係る項目とは異なり、付加価値の直接的な構成項目となっている。これが増えると、結果的に雇用者報酬や営業余剰・混合所得など民間部門の付加価値からの取り分を減じ、加えて政府部門の投資超過幅が縮小していることから、景気に対しても抑制的に働く。なお、足許の生産・輸入品に課される税の増加は、その内訳をみると付加価値型税の増加によるものであり、2014年の消費税率の引き上げが影響を与えていることは明らかである。

*1:より正確には、可処分所得から最終消費支出を差し引き、さらに退職一時金を含むいわゆる確定給付型の年金に係る負担額から給付額を差し引いた「年金受給権の変動調整」の純受取分が追加される。ただし「年金受給権の変動調整」は金融機関の支払分と同額が家計の受取分となり、一国全体では貯蓄に影響しない。

*2:制度部門のうち対家計民間非営利団体は省略。可処分所得は、「現物社会移転」の純受取分を含まない通常ベースの「可処分所得」を使用。

*3:より正確には、所得支出勘定には「所得・富等に課される経常税」、「純社会負担」、「現物社会移転以外の社会給付」という再分配に係る項目も含まれるが、これらは一国全体では制度部門別の受取と支払が相殺され、可処分所得に影響しない

改定後のGDP統計からみた貯蓄投資バランス

 貯蓄投資バランスとは、国民経済計算確報の資本勘定から推計した資本調達(貯蓄)と資本蓄積(投資)の差額である。実際の勘定(統計表)では、借方と貸方の差額が「純貸出(+)/純借入(-)」として、貸方に計上される。つまり、資本勘定とは、一国経済(および制度部門別)の貯蓄と投資のフローを実物面からみたもので、貯蓄投資バランスは、一国経済(および制度部門別)の資金余剰(不足)の実態を示すものだといえる。なお、資本勘定が実物面からみたものとすれば、金融面からみたものが金融勘定である。金融勘定では、貸方と借方の差額が「純貸出(+)/純借入(-)」として、資本勘定とは逆に借方に計上され、概念上は資本勘定のそれと一致するものとなる*1

 これまで、日本経済の実情、特にデフレ下における資金余剰の実態をみる上で、実物面からの貯蓄投資バランスを重視してきた。これまでの分析をおさらいすると、家計部門(個人企業を含む)の貯蓄が縮小する中、企業部門(非金融法人企業)の貯蓄が増加し、企業部門には内部留保により富を内部に蓄積させる傾向がみられた。企業の投資意欲が低下すれば、ひいては貨幣乗数が低下し信用創造が働きにくくなることから、デフレを深化させることにもつながる。一方、家計部門とともに企業部門の資金余剰を受ける形で貯蓄を縮小させてきたのが政府部門(一般政府)であった。
 昨年末から今年にかけ、国民経済計算確報の数値が国連2008SNA基準への対応等により大幅に改訂された。これを受け、上述のようなこれまでの傾向が改定後の国民経済計算確報においてどのようになったのか、改めて確認する*2

 まずは、一国全体での貯蓄と投資の推移を名目GDPに対する比率で確認する*3。近年の動きを追うと、貯蓄投資バランスは2001年から2007年にかけしだいに拡大し、その後2010年をピークに縮小する過程にあったが、2015年は再び拡大した。
 なお、貯蓄投資バランスは、純輸出と海外からの所得の純受取の合算額に概ね一致する。貯蓄投資バランスの縮小過程では純輸出の減少も続いており、実際この間、円安であったにも拘わらず輸出の低迷が指摘された時期もみられた。一方、これを資本勘定の側からみると、投資が増加傾向にあった一方で貯蓄が減少しており、このことが貯蓄投資バランス縮小の要因となっている。

 ところが2015年は一転して貯蓄が大きく増加し、貯蓄投資バランスも拡大した。改めて貯蓄投資バランスの推移を制度部門別にみると、長期的には家計部門の貯蓄超過幅がしだいに縮小する一方で、企業部門が投資超過から貯蓄超過に転換し、その後の貯蓄超過幅も拡大する傾向であることに変わりがない。一方、近年の動きに特徴的なのが一般政府である。一国全体の貯蓄投資バランスが縮小する中、一般政府では拡大傾向にあり、足許2015年の貯蓄投資バランスの拡大にも、企業部門とともに一般政府の寄与がみられる。

 3年ほど前のエントリーにおいて、期待インフレ率がゼロに近い中で消費税率を引き上げることは、デフレを深化させることになり、「量的・質的金融緩和」を始めとした現下の経済政策とも不整合であることを指摘したが、その中で以下のように記載した。

 なお、今回の消費増税は、その全額を社会保障財源に充てるとされている。増税分が介護・福祉サービス等に従事する者の賃金や各種の社会保障給付に回るのであれば、これらは再分配政策の範疇であり、それ自体が現下の経済政策と不整合なものではない。しかしそうではなく、公債償還等に回るのであれば、一国全体の貯蓄の増加につながり、総需要にはマイナスに働く。いずれにせよ、このあたりの資金の流れはみえにくい。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20140402/1396436820

 一般政府の貯蓄投資バランスの推移をみる限り、消費税率の引き上げを含めたこの間の財政の動きは、金融緩和政策とは明らかに不整合であったと指摘できそうである。金融緩和を続けても、財政が資金を吸収するのであれば、市中の貨幣量の増加は限られ、ひいては物価上昇率をも抑制する。また、このことは賃金の抑制にもつながり得る。企業の投資意欲が低いことも、一面としては、そうした文脈の中から考えることができる。目標インフレ率を達成するため、相応の賃上げを行い、消費や投資を喚起することによって経済の好循環を達成したいのであれば、こうした政策と整合的な財政政策を行うことが求められよう。

*1:実際は、推計に使用する基礎統計の違い等から一致しない。

*2:なお、本稿では改定前後の詳細な比較は行わない。

*3:本稿における貯蓄投資バランスは、貯蓄(貯蓄+純資本移転+固定資本減耗)から投資(総固定資本形成+在庫品増加+土地の純購入)を引いた金額であるが、一国全体の資本勘定における「純貸出(+)/純借入(-)」はこれに統計上の不突合を加えたものであるため一致しない(制度部門別の勘定では一致)。

真の失業率──2017年2月までのデータによる更新

完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に 就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで、完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月よりも0.2ポイント改善し、真の失業率も3.1%と前月よりも0.1ポイント改善した。引き続き真の失業率は減少基調である。

所定内給与と消費者物価の相関に関する1月までの結果は以下のようになる。これまでの動きよりも物価に上昇傾向が現われ、賃金にも上昇の兆しがあるが物価の伸びには追い付かず、実質賃金は当面、停滞する可能性が高い。

https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

真の失業率──2017年1⽉までのデータによる更新

完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に 就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで、完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。今回は、推計の基礎となる潜在的労働力率を2016年まで延長推計た上で、2017年1月までの結果を過去に遡って再計算した。

まず、年間の結果をみると、足許の2016年の真の失業率は3.5%で、前年よりも1.0ポイント低下した。また、公表値の完全失業率3.1%に対して0.4ポイントの開きがある。前回の推計値と比較すると、潜在的労働力率が変化したことにより、真の失業率は上振れしている(2015年の値で約0.4ポイ ント程度の上振れ)。改訂による年齢階級別潜在的労働力率の上昇幅は引き続き大きなものとなり、真の失業率の改定幅は、前回改訂時をやや上回った。

つぎに、1月の月次結果をみると、完全失業率(季節調整値)は3.0%と前月よりも0.1ポイント改善し、真の失業率(改訂後)も3.2%と前月よりも0.1ポイント改善した。引き続き真の失業率は減少基調である。(12月の真の失業率は、前回は2.5%としていたが、改訂により足許で0.8ポイント程度上振れし、3.3%となった。)

所定内給与と消費者物価の相関に関する12月までの結果は以下のようになる。賃金および物価は、引き続き停滞している。

(付記)
コメント欄でのリクエストに応え、今回、潜在労働力率に補正を行わない「真の失業率」を推計した(年間値のみ)。

補正を行わない場合、その分、潜在労働力人口および推計上の(真の)失業者数が下方修正され、相対的に就業者数の割合が増えるため、修正後の「真の失業率」の水準は低くなる。具体的には、1995年から徐々に失業率の修正幅が大きくなり、2008年のピークでマイナス0.5ポイント、その後は修正幅がしだいに小さくなり、足許の2016年でマイナス0.4ポイントとなる。
水準の違いはあるものの、特に足許の動向としてみる分には双方の推計値にさしたる違いはない。すなわち、「真の失業率」の水準についての哲学的議論に興味がある向きは兎も角、経済動向を考える上では、この推計結果にそれ程の意味はない。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/19538273/nbu_ts.csv