備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

アベノミクス以降の労働力率

 当ブログで継続して推計している「真の失業率」は、政権が交代した2012年末頃から低下し始め、足許では完全失業率(季節調整値)を下回っている。このことは、就業意欲喪失効果を可能な限り除去し雇用情勢の実態に即した指標であることを意図する「真の失業率」の解釈上、現下の雇用情勢は、推計上の基準年である1992年を超える好環境だということになる。しかしながら、物価や賃金の動きをみる限り、現時点の雇用情勢が1992年を超える好環境だとは解釈し難いものがある。また「真の失業率」は、このところ毎年の改訂で比較的大きく上方改訂され、改訂後でみると、完全失業率を上回る結果となる。
 「真の失業率」の推計過程では、年齢階級別の労働力率(15歳以上人口に対する労働力人口の比)から、潜在的労働力人口*1を推計する。潜在的労働力人口は年単位で推計しており、毎年1月に再推計するため、過去分の数値に改訂が生じる。ここ数年の改訂をみると、潜在的労働力人口は上方改訂される傾向にあり、「真の失業率」の分母(潜在的労働力人口)、分子(潜在的労働力人口-就業者数)は共に上方改訂されるが、相対的に分子の改訂率が大きくなるため、真の失業率は上方改訂される。見方を変えると、ここ数年、就業意欲喪失効果は縮小する傾向にあり、労働力率が上昇傾向にあることから、潜在的労働力人口の推計値は毎年上方改訂されている、ということになる。

 実際のデータ*2から、ここ数年、労働力率は高まり、このことが労働力人口の増加につながっているのか、あるいは労働力人口の増加分はどのように吸収されているのかをみることとする。労働力人口は完全失業者数と就業者数の合計であるから、完全失業者数はつぎのように表せる。
 U_t = \sum_a P_t^a \cdot r_t^a – E_t
ただし、 U_t, P_t^a, E_tはそれぞれ完全失業者数、15歳以上人口、就業者数、 r_t^a労働力率 t, aはそれぞれ時点、年齢階級を示すインデックスとする。さらに、完全失業率の前年差 \Delta U_tは、下式のとおり、人口寄与、労働力率寄与、交差項、就業者寄与の3つの寄与度に分割することができる。
 \Delta U_t = \sum_a \Delta P_t^a \cdot r_{t-1}^a + \sum_a \Delta r_t^a \cdot P_{t-1}^a + \sum_a \Delta P_t^a \cdot \Delta r_t^a + \Delta E_t
 実際にグラフでみると、つぎのようになる。

労働力率寄与は2013年以降、大幅なプラス寄与となり、数式上は完全失業者(労働力人口-就業者数)を増加させる方向に寄与している。近年の雇用情勢の改善において人口減少が寄与しているのではないか、との指摘を聞くことがある。人口寄与は確かに2013年から減少幅が拡大したが、同時に労働力率が高まったため、労働力人口全体としてみれば増加し、完全失業者を減少させる方向には寄与していない。特に足許の2017年は人口寄与の減少幅が小さく、労働力率が高まったことで、労働力人口全体としてみれば、むしろ完全失業者を大幅に増加させる方向へ働いている。いずれにせよ、アベノミクス以降、就業意欲喪失効果は大きく縮小し、雇用情勢の改善は本格化したことを示している。
 さらに労働力人口の増加分は就業者の増加によって相殺され、完全失業者は減少している。一方、2011年、2012年の完全失業者の減少は正に人口減少に伴うもので、この間、就業者の増加幅は小さいことがわかる。

 分析をしていて興味を引いたのは、労働力率寄与の増加分を年齢階級別にみた結果である。

増加寄与のうち60歳台以上の層が占める割合(寄与率)はかなり大きい。例えば、足許の2017年では、全体の増加寄与80万人のうち60歳台以上は44万人にもなる。60歳台未満の層も寄与度は増加しているが、高年齢層の労働力率増加がこれだけ大きな影響を与えていることの背景には、高齢者の継続雇用に関する制度的取り組みや、企業にも継続雇用を行うニーズがあること等が考えられる。

*1:潜在的労働力人口は、HPフィルターのグロース成分から推計した年齢階級別の均衡労働力率と、本推計上、完全雇用が成立していたと見なす1992年時点の「補正係数」をもとに推計。http://traindusoir.hatenablog.jp/entry/20090309/1236614999

*2:総務省労働力調査』。

真の失業率──2017年12月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月より0.1ポイント上昇したが、真の失業率は2.1%と前月より0.1ポイント低下した。引き続き、真の失業率は減少基調である。現推計時点において、真の失業率は基準年*1である1992年より改善していることとなる。
 なお、真の失業率の推計に用いる潜在的労働力人口(比率)は1年間の数値が確定した段階で新たに計算し直すこととしており、次回、今回の12月分を含む過去分の数値を遡って改訂することとする。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する11月までの結果は以下のようになる。物価および賃金はともに上昇基調である。



https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

*1:本推計において完全雇用が達成しているとみなす年。

真の失業率──2017年11月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 完全失業率(季節調整値)は2.7%と前月より0.1ポイント低下、真の失業率も2.2%と前月より0.1ポイント低下した。引き続き、真の失業率は減少基調である。現推計時点において、真の失業率は基準年*1である1992年より改善していることとなる。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する10月までの結果は以下のようになる。物価は8月以降、上昇幅が広がった。賃金は今春闘結果を反映し緩やかに増加しているが、10月の伸びはやや弱め。パート比率も10月は上昇し、賃金をやや押し下げた。

https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

*1:本推計において完全雇用が達成しているとみなす年。

今年の12冊

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真の失業率──2017年10月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月と同水準、真の失業率は2.3%と前月より0.1ポイント低下した。引き続き、真の失業率は減少基調である。現推計時点において、真の失業率は基準年*1である1992年より改善していることとなる。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する9月までの結果は以下のようになる。物価は8月に、賃金は9月に上昇率が拡大した。賃金は、今春闘結果を反映し緩やかに増加しており、加えてパート比率の低下が安定的に賃金を押し上げている。

https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

*1:本推計において完全雇用が達成しているとみなす年。

真の失業率──2017年9月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月と同水準、真の失業率は2.4%と前月より0.1ポイント低下した。引き続き、真の失業率は減少基調である。現推計時点において、真の失業率は基準年*1である1992年より改善していることとなる。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する8月までの結果は以下のようになる。物価は8月に入り上昇率が拡大した。賃金は、今春闘結果を反映し緩やかに増加しており、加えてパート比率の低下が安定的に賃金を押し上げている。



https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

*1:本推計において完全雇用が達成しているとみなす年。

宮岡礼子『曲がった空間の幾何学 現代の科学を支える非ユークリッド幾何とは』

ユークリッド幾何学についての一般向け解説書。「一般向け」とはいっても、その内容は大学教養レヴェルを超える。著者は、日本数学会幾何学賞を受賞したこともある数学者。低次元の、主に「閉じた」曲面に限定して解説するが、本書の半ばでは、いわば本書のクライマックスたるガウス・ボンネの定理、最後は微分形式や表現論まで行き着き、最後はポアンカレ予想と関係するサーストンの幾何化予想に軽く触れるという極めて野心的な内容。その過程では、双曲面幾何、ホップ予想、等質空間等、数学科の授業で聞いたような話が所々ちりばめられ、然は然り乍ら、それらが無味乾燥な概念として単に置かれているわけでもない。中高生であっても、意欲があれば十分読み込める*1

最初の段階で、内積、位相から曲率、測地線まで一気呵成に解説し、一般読者の関心が高い(と思われる)多角形のオイラー数、種数についても丁寧に解説される。恐らく何より、内積と曲面の計量の関係が極めて明快である点が、本書の解り易さを決定付けている。もちろん専門書のように丁寧な証明を行うわけではないが、「本質」はしっかり押さえられる。専門書で証明を追いつつ路頭に迷いがちな数学専攻の学生にとっては、良き道案内者となってくれるかも知れない。小さな本ながら、極めてお得感がある。

*1:とは言え、多変数の微積分と多様体に関する、ある程度の知識があった方が理解は早い。志賀浩二『現代数学への招待 多様体とは何か』など。http://traindusoir.hatenablog.jp/entry/20150826/1440593365