備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

田中秀臣「経済論戦の読み方」

経済論戦の読み方 (講談社現代新書)

経済論戦の読み方 (講談社現代新書)

第1章 「実践マクロ経済学」のコア

  • 財政支出は乗数(限界貯蓄性向の逆数)を乗じた効果を経済に及ぼすが(乗数効果)、金融政策の引き締めスタンスがその効果を落としてしまったのではないか(限界消費性向の低下)。
  • 名目利子率の非負制約から、IS曲線(実質利子率と産出量の関係)が完全雇用を満たす産出量水準の手前で交差する場合、金融緩和の効果が失われる(グルーグマンの流動性の罠)。
  • 実質利子率=名目利子率−期待インフレ率。長期国債の買いオペや通貨発行益を利用した減税*1等の手段を用い、インフレ目標にコミットすることで流動性の罠から逃避できる。財政政策(IS曲線のシフト)だけでは、実質利子率が低下しない。

第2章 経済論戦の見取り図−構造改革とマクロ経済政策

  • 衰退産業を縮小するビッグバン型構造改革を用いずとも、マクロ経済政策により生産可能曲線をシフトさせることで、成長産業を拡大することができる(パレート改善)。*2
  • 経済財政白書では、期待潜在成長率を高めることが設備投資を通じて期待成長率を上昇させるとするが、潜在成長率はコントロールすることが困難。
  • 全要素生産性については、90年代始めに下方屈折したとする説(林文夫)と、稼働率をコントロールすることで若干の上昇を示す(ジョルゲンソン・元橋)とする実証研究。
  • 追い貸し(または貸し渋り)が有望企業への新規融資を抑制するとの説があるが、企業は投資よりも借金返済を優先しており、総需要不足の原因となっている。
  • 不良債権の存在により企業の相互不信が高まり、経済取引のネットワークが寸断されることでGDPが大幅に低下するとする「ディスオーガニゼーション仮説」(小林慶一郎)が正しければ、GDPの低下は物価の上昇を伴っているはず。
  • 中国の技術水準は日本と同等で、非貿易財である土地や労働の価格も、自由貿易の下では国際価格に均等化する(要素価格均等化の定理*3)との説(野口悠紀夫)には、その場合は中国の賃金が上昇する(深尾光洋)等の反論。

第3章 日本経済の「新しい局面」の見方

  • マンデル=フレミング・モデルでは、外生的な輸出増は、IS曲線のシフトにより産出量を高めるが*4、国際的な資本移動が自国通貨の需要を高めることにより、産出量は低下する。これを防ぐ役割を果たすのが非不胎化為替介入。
  • 円安介入は本来無敵であるが、デフレ期待により「円高シンドローム」が生じる。
  • 不況レジーム下での若年を中心とする長期失業の増加は、長期的に日本の生産性を低下させる。

第4章 日本の財政破綻はあり得るのか

  • 名目GDP成長率が名目利子率を下回れば、プライマリーバランスの水準にかかわらず*5、新規発行国債の名目GDP比率は一定値に収束(ドーマーの定理)。

第5章 ポピュリズムと不幸な構造改革

コメント マクロ経済政策の重要性について、基礎的な経済理論を用いた説得力のある議論。インフレ目標政策を推奨するが、銀行に対する不良債権の買取りや公的資金の注入(優先株による一種の国有化)等、信用リスクを改善するための施策についてのスタンスは不明。ただし前者(簿価買取り)については、モラルハザードの観点から反対。こうした信用リスク改善策が貨幣流通速度を高めることになれば、量的緩和のみを実施するよりも、さらに産出量の向上に寄与するのでは*6年金問題の理解が進まない理由について、官僚による情報統制を挙げているが、情報公開法が施行された現在においては必ずしも正しい指摘とは言えず、加入者の立場で適切に評価でき得る知識を有する中立的な組織(または資金)が存在しないことこそ指摘すべき。

*1:赤字国債の発行は必要?

*2:この点について、池田信夫氏の指摘−生産可能曲線は非凸であり、局所最適であるものを大域的な最適値に導くのは、企業戦略や経済政策による均衡選択 それに対する田中秀臣氏の反論−経営者や政策担当者は、全知全能ではない

*3:限界生産力に応じて、賃金や土地の価格が決定される場合

*4:LM曲線は?

*5:ただし、一定であることを前提

*6:なお、自分はUV分析を応用した失業の二分法(需要不足失業/構造的・摩擦的失業)に慣れ親しんだきたところ、UV曲線は循環するもので必ずしも上述のような二分法は適切でないとの指摘、総需要の不足下ではサプライサイドの効率性を高めることは必ずしも有効ではないとの指摘等みるにつけ、勉強不足を痛感する次第。