ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

ロナルド・ドーア「声なき声になったデフレ退治論」(RIETIポリシーディスカッション)

道義問題ばかりではない。階級的利害も大いに入ってくる。金の価値を侵食するインフレを嫌って、金の価値を引き上げてくれるデフレをさほど苦にしないのは、やはりお金を持っている人達である。また、そういう裕福な所得階層はデフレがもたらす失業増加、経済停滞、雇用不安 を直接経験する事もあまりない。 中国から安い輸入品が来ることも、国内競争の激化によって「価格破壊」現象を雑誌がもてはやすようになることも歓迎する。・・・
より抜本的な「非伝統的な」対策を、イギリスの経団連に当たるイギリス産業連盟(Confederation of British Industry)の元理事長で、『公正な資本』という非常に面白い本の著者であるアデール・ターナー(Adair Turner)氏が提案している。(中略)彼は、財政赤字国債ではなく、政府が支出拡大のため、無利子、償還不能の「空虚債」によって日銀から資金を調達すればいいと言う。金融政策というより、国債残高拡大を避けつつ財政赤字を増やすことによって、いわゆるヘリコプター・マネーを作る方法である(ロンドン日本商工会議所での講演。JCCI Review,no.22Winter 2002)。・・・
デフレ退治の恩恵を現役の世代の人達が享受する。そのツケを後世に回す道理はないはずだ。貯蓄の価値低下という「インフレ税」を現役の世代が払った方が正しい。そのインフレ税の負担は貯蓄の多い人々に偏るのだが、その点、所得税の累進性と変わらない。・・・
もう1つの「合成の誤謬」は賃金カットである。市場不振、業績悪化への対応として、そして実質賃金の上昇への反応として、賃金コストを削減しようとすることは、各企業の立場からいうと合理的だが、経済全体の観点からみれば、デフレ・スパイラルを加速するだけである。経団連がメンバー企業に呼びかけて、今年の春闘で一斉に3%の賃上げをしようと提案したらどうだろう。・・・

コメント 最後の件については、デフレによる実質賃金の上昇が労働投入を減少(失業率を上昇)させたという原田泰氏の意見やJMMにおける岡本慎一氏の意見(「雇用状況の改善は何を表しているか?」04/02/09発行)。賃金の上昇が総需要に対し、迅速かつ適正なレベルで好影響を与えることができるような手法をとりうるか(例えば、日本経団連と連合のアコードによる賃上げ)がその効果の是非を左右するが、若年者・失業者といった「アウトサイダー」を疎外することに繋がれば、デフレ下のポーラリゼーションと同じことであり、社会的批判も受けうるか。
賃上げと同時に企業の社会保険料負担を軽減し、その財源を「空虚債」で購うとすると、IS曲線の下方シフトを最低限にとどめ、総需要の拡大期待から将来的な上方シフトが期待できる。加えてLM曲線も下方シフトする*1ことから、産出量が大きく拡大する。この結果、若年雇用問題も大きく改善するのであれば、こうした政策をとることへの支持を得ることが可能。この場合、非正規雇用者が若年雇用を代替する関係にある場合(かつての「労働白書」における指摘)、その効果は小さくなるが、日本労働研究雑誌(「特集 パートの基幹労働力化と新たな課題」03/09発行)の論文では「経済全体では正規労働と非正規労働の間には補完関係がある」ことを指摘。

*1:名目利子率が変動せず、量的緩和の効果により期待インフレ率が上昇する場合