備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

岩田規久男「日本経済を学ぶ」

日本経済を学ぶ (ちくま新書)

日本経済を学ぶ (ちくま新書)

第1章 戦後復興から高度経済成長期まで

  • 所得倍増計画」は、民間の経済主体が自由企業と市場機構を通じて経済合理性と追求しつつ、その創意と工夫により自主的活動を行うことにより、10年以内に所得を倍にするというもの。高度経済成長が政府の産業政策によりもたらされたとの見解には否定的。
  • N.クラフツによれば、75年以降の成長率の激減(米国を除く)は、石油価格の高騰を主因とするものではなく、キャッチアップ効果の低下による技術進歩率の低下が主因。加えて日本では、大店法全国総合開発計画全総)などの「逆構造改革」。
  • 英国病の主因は、法による労働運動の手厚い保護と、エリート教育に重点を置いた教育制度という、労働供給側の要因。

第2章 バブル景気から「失われた10年」へ

  • バブルは、低金利と「生活大国」への夢等により、期待が収益還元的な価値を超え、「上がったから上がる」という地価のメカニズム働いたことにより生じた。銀行は、キャッチアップ効果の低下や「逆構造改革」により設備投資が減少したにもかかわらず、日本的雇用慣行を維持するためには、貸出を伸ばす必要。この場合には、徹底した金融自由化を行い、手数料を稼ぐ機会を増やすことが重要。
  • デフレでは価格が低下するので、利払いを確保するため、売り上げを増やす必要。その場合、(マクロ的には)さらに価格が下がり、負債の返済が困難になる。デフレと資産デフレがスパイラル的に悪化するのが「債務デフレ」。これ(「デフレ説」)に対し、(英国の場合のように)供給側を主因と考えるのが「構造説」。これには、①日本的経営不適合説、②貸し渋り説、③追い貸し説、④規制緩和と政府企業の民営化の遅れ説、⑤非効率な公共投資説。
  • 92年以降の長期経済停滞期は、物価の持続的低下が稼働率低下・失業率上昇を伴っており、「デフレ説」が整合的。潜在成長率低下や労働生産性低下が主因であれば、需要の増加が供給を上回るので、物価は上昇し、失業率は低下するはず。ただし、構造改革の必要性を否定するものではない。

第3章 日本的経営とその行方

  • 日本的経営はマーケット・シェアの拡大を志向するが、これがスケール・メリットを通じて利益を増加させる限り、株主の利害と一致。
  • 90年代以降の大きな変化は、グローバル競争以上に、途上国への直接投資を通じたグローバル経営。日本的経営の本質は環境の変化に柔軟に適応する点にあり、日本的経営の批判している時点で、そのような日本的経営は存在しない。

第4章 日本の企業統治

  • 90年代前半までの日本の企業統治は、メインバンクが企業経営を監視し、監督官庁が銀行を監視。メインバンク機能の低下と株式持合比率が低下する中、統治機構の改革(執行と監督の分離等)が進むが、企業外部の者による厳しいチェックがなければ意味をなさない。さらに重要なのは、市場を競争的に保つこと。
  • アルバート・ハーシュマンは、「発言」と「退出」を通じた組織の成長と衰退の理論を構築。

第5章 産業政策と規制改革

  • 英国の鉄道の民営化により鉄道事故が増えたのは、民営化の仕方を誤ったこと。民営化により事故を減らすには、供給における競争を確保し、事故が起きれば利潤が大きく減るよう制度を設計すること。

第6章 構造改革と少子・高齢化

  • 郵貯の民営化では、郵貯の政府保証をなくし、税金を民間と同じように負担させ、民間金融機関と競争条件を同一にすることが極めて重要。財政は、成長率を高めることが重要で、将来の自然増収を国債の償還に当てるよう決めておく。地方財政は、「受益者負担の原則」がない点が問題。基礎年金は消費税の引き上げにより賄うことが考えられるが、消費税には逆進性があり、税負担と所得の関係を国民に明示することが必要。

第7章 日本経済の課題と経済政策

  • 長期停滞をもたらした主因は、貸し渋り説、追い貸し説ともに妥当ではなく、デフレ予想の定着と考えられる。市場の競争を維持・促進するための構造改革は必要である一方で、企業の努力だけでマクロ経済を安定化することもできない。
  • デフレから脱却し、その後もマクロ経済を安定化するため、「インフレ目標政策」を提言。

コメント 多くの論者の信頼が厚い岩田規久男氏による、日本経済論。戦後復興期以降の日本経済の長期的な分析から、現在のホットイシューまで、平易な論理で展開している。氏は「インフレ目標政策」論者として知られているが、本書では、政策の割り当てが重要であることを指摘し、市場の競争を維持・促進するための政策とデフレ脱却のための「インフレ目標政策」をともに導入することを提言。総じて説得力のある内容であり、何をか言わんと思うことは、全て網羅されていたというのが率直な読後感。あえて、触れられていない重要な論点を挙げれば、信用乗数の低下や貨幣流通速度の低下に係る要素か。