備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

飯田泰之「デフレ期待・銀行機能問題と信用乗数の低下」(ESRI Discussion Paper Series)

1 はじめに
2 信用乗数の説明仮説について

  • H=CN+CB+R、M=CN+D H:ベースマネー M:マネーサプライ CN:非銀行部門保有現金 CB:銀行部門保有現金 R:預金準備 D:預金 とすると、信用乗数mm=M/H=(CN/D+1)/(CN/D+CB/D+R/D)=(cdn+1)/(cdn+cdb+rd)。この定義によると、信用乗数の上昇率は、d(mm)/mm=-(cdn/(H/D)-cdn/(M/D))・d(cdn)/cdn-cdb/(H/D)・d(cdb)/cdb-rd/(H/D)・d(rd)/rd と近似的に要因分解可能。*1
  • 要因分解すると、91〜02年までは、非銀行部門要因(cdn)が乗数低下の大半を説明。02年(量的緩和開始)以降は預金準備要因(rd)が大きな寄与となり、非銀行部門要因は次第に低下。

3 非金融部門現金比率と信用乗数

  • 非銀行部門要因による乗数低下(現預金比率の上昇)を説明する第一の仮説は、資金供給または資金需要いずれかの問題により信用創造過程が機能しなかったとの考え方。ただし、資金供給の問題(クレジット・クランチ)については、否定的な見方が多い。資金需要の問題としては、投資機会の消失(または、潜在的投資機会の期待収益率の悪化*2)。加えて、デフレ期待が実質利子率の上昇→資金需要停滞→貸出減少を招いたとの仮説を立てることが可能。
  • 第二の仮説は、民間経済主体が自身のポートフォリオに占める現金の割合を増大。デフレ期待が支配的な経済環境下では、銀行預金の「靴底費用」以上の収益差を設定することができず、現金保有性向を高める。
  • 上記の仮説を出発点に、90〜00年の信用乗数と資金需要(実質民間設備投資・実質民間住宅投資)、デフレ期待、利子率(推計期待インフレ率、名目利子率)についてVARモデルによる実証分析を行った結果、①名目利子率の上昇は信用乗数に負の影響を与えるが、有意水準は極めて低い、②期待インフレ率は、信用乗数を有意に高める、③設備投資の影響は、変数選択に依存。

4 超過準備問題と信用乗数の低下

  • 期待インフレ率の説明力は、00年以降大きく低下。00年以降信用乗数は10→6.5と大きく低下する一方、期待インフレ率は01年を境にわずかに上昇。別の仮説としては、不良債権の増加により、預金負債に対する流動化可能資産の比率が低下することを防ぐため、銀行が健全貸出に対する現金比率を上昇させるというものであるが、五大金融グループの現預金比率と不良債権比率の関係に相関は見られない。
  • 預金準備要因は、量的緩和政策の開始とほぼ同時に拡大。しかし、現在の金融緩和は将来に向けてのコミットメントを含まないため、民間経済主体が長期的金融緩和姿勢を信頼することは容易なことではない。このような状況下では、ベースマネーの拡大が信用乗数の低下を招く。

5 結論
コメント 05/07付けエントリーの小林論文に対する反論文。小林論文自体は、不良債権仮説についてのコンシステントな説明と成り得ているが、本論文では、当該不良債権仮説が、少なくとも信用乗数低下の主因とは言えないことを五大金融グループのデータから立証。ただし、金融政策が将来にコミットしないことが信用乗数を低下させる主因となっているとの説明は、(本論文のデータのみで言い切るには)やや唐突感があるか。

*1:{a(t)/b(t)-a(t-1)/b(t-1)}/{a(t-1)/b(t-1)}={a(t)-a(t-1)}/a(t-1)・b(t-1)/b(t)-{b(t)-b(t-1)}/b(t-1) nearly equal. d(a)/a-d(b)/b

*2:期待収益率に対し、総体的に信用リスクが拡大したとの見方もできるが、クレジット・クランチ仮説が否定される以上、その説明力は限定的か。