ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

ニート問題に関する備忘録的整理(その1)

ニートのカテゴライズに関しては、各種先行研究をフォローしてから論ずべきであるが*1、当面の備忘録的整理としては、適切なアナウンスがないためにニートになった者(仮に〈村上龍〉的ニートとしておく)と、働くことの有意味性を失った者(仮に〈内田樹的〉ニート*2としておく)とでは、そもそもが異なる存在であり、それらへの政策的な対応も異なるものとなるのではないか(たぶん)。前者については、(広い意味での)外部労働市場のマッチング機能を高める政策が必要であり、後者については、別の教育的手段が必要となるが、果たして後者のような政策を採るべきかに関しては、異論*3もあろう。
なお、これらを(オールド・ケインジアン的)フィリップス・カーブの枠組みで考えると、前者は当該カーブの傾きをより垂直(新古典派的フィリップス・カーブ)にするための政策であり、市場原理主義的な主張をする人々に親和性がある。一方、後者は自然失業率をより原点に近づけようとする政策であり、いわゆる「シバキ主義」的構造改革派に親和性がある。これに対し、カーブに沿って、失業率を低下(消費者物価は上昇)させようとするのがリフレ派の考え方であるが、この考え方を特に主張する人々においては、失業率が低下した時点で、前者のような問題の重要度が既に小さくなっていると考える点が重要である(たぶん)。
つまり、近年頓に強調されるニートの増加の背景には、統計上の補足に問題があり、総需要の不足に起因する若年無業者がその多くを占めている。真性ニートはそれほど多いものではなく、近年増加しているという証拠も疑わしいものだと言うことである。なお、この議論の仕方はかつて構造的失業をめぐって行われた議論*4と相似的である。ただし、失業率には履歴効果があることが証明されている*5ように、総需要の改善があった場合に必ずしもニートの水準も以前のそれに戻るとは言えないが、いずれにせよ、政策の順番に誤りがあるということになろうか。

*1:フリーター・ニートを既にごっちゃにしているような気もする。

*2:この呼び方については、05/19日付けエントリーを参照。なお、ニートとしてはこちらの方が本来的か。

*3:よけいなお世話。

*4:北浦修敏他「構造的失業とデフレーションについて」(財務総研ディスカッションペーパー)

*5:出島敬久「日本の失業の履歴現象と失業率高止まりの可能性」