ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

永井均「私・今・そして神」(その2)

私・今・そして神 開闢の哲学 (講談社現代新書)

私・今・そして神 開闢の哲学 (講談社現代新書)

(追記)問題の類似性を考えて、柄谷行人「探究Ⅰ」*1第1章「他者とは何か」を読み返してみた。こちらでは、ウィトゲンシュタイン独我論をめぐり、「教える−学ぶ」という行為を軸とする語り口で、「デカルト的な懐疑」を救い出し、またカント、フッサール、さらにはハイデガーまでもばっさりと切り捨てる(その間、約10頁)。この射程から、独我論とは「私に言えることは万人に言えると考えるような考え方」ということになる。同書の解説において、野家啓一氏は「おそらく今後のウィトゲンシュタインをめぐる議論は、柄谷の問題提起を避けて通ることはできないはず」と述べている。
他方、永井均氏の本書では、むしろ物理的な次元から、しかも比喩的と言うよりは真に受ける形で捉えようとする語り口。何が起ころうと、それが起こるのは「私」であり「今」であるという考え方。

*1:

探究(1) (講談社学術文庫)

探究(1) (講談社学術文庫)