備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

原田泰「世相でたどる日本経済」

世相でたどる日本経済 (日経ビジネス人文庫)

世相でたどる日本経済 (日経ビジネス人文庫)

  • 日本が経済的に発展してきたのは、日本社会のなかでプロフィット・シーキング活動の比重が高く、レント・シーキング活動の比重が低かったから。日本資本主義論争における講座派の見解は、日本資本主義の発展は封建的要素を強く残したものであり、自由主義の経済政策による発展は望み得ないというもの。一方、労農派によれば、明治維新によって日本は資本主義への道をそれなりに歩み出した。
  • 24時間操業による資本コストの引き下げなど、新しい技術を当時の日本の経済状況に適応させるという努力の規範を示したのは(、政府の関与ではなく)民間の企業家。「女工哀史」と言われるが、もし工女が工場に行かなかったら何をして暮らしていたかを考えれば、資本主義が一般の人々の生活水準を飛躍的に向上させたのは明らか。
  • 1885年から1900年まで、実質GNPは6割も増えたが、2割は人口増加に吸収され、賃金の増加は1割に満たない。ただし、残りの3割全てが利潤の増加分となったわけではなく、より多くの人々がより長い時間働くようになった増加分が含まれる。
  • スミスの思想の特徴は、意図と結果を分離していること。事業を営む人々は市場という匿名の関係によって生活し、そこに独立が生まれるというのが福沢諭吉の思想。継続的雇用関係に入るサラリーマンが経済的に独立した人間と言えるかという疑問を福沢は抱く。
  • ビッグ・ゲームへの挑戦は、独占・カルテルの発生と労働・農民運動。ビッグ・ゲームの結果生まれる所得分配状況は偶然にすぎず、その結果を承認すべきだといういかなる論拠もないが、既存の所得分配状況が疑いを受けること、それ自体が非効率をもたらすことは確か。
  • 日本的雇用慣行は、1920年代に大規模近代産業の発展とともに成立。生産技術の効率的かつ安定的な運用のため、技能・職務の標準化、専門化が必要。ひとたび子飼い方式により標準化された技能を身につけた熟練工を企業に引き留めるため、年功序列賃金と各種の福利厚生施設が創設。
  • 戦前の日本の金融はきわめて自由。銀行の破綻は度々あり、銀行と特定企業との結びつきは弱い。にもかかわらず金融資産の蓄積は高度に進み、マネーサプライは順調に成長。信用リスクを人々は十分認識し、危険な銀行では高率の利子を提供。戦前期に人々が危ない銀行に預金を預けたのは、ひとつには、繰り返された銀行救済。

コメント 日本の経済的な発展をもたらしたのは、産業政策等の政府の関与ではなく、企業の自由な競争環境における創意工夫であり、自由な資本主義こそが生活の豊かさをもたらすという理念に貫かれている。現代でも、企業の経営や人事施策への介入的な政府の施策への批判は強く、(また、日本的雇用も必ずしも温情的なものでなく、)インセンティブに働きかけることで労働の高度化・効率化を引き出すような経営による施策のフリーハンドこそが企業価値を高めるだけでなく、従業員の生活の向上にも寄与すると言う見方はある。こうした見方には一理あるとは考えるが、例えば、若年雇用や非正規雇用等の検討分野においても、果たしてそうした見方だけでよいのかと言う点は、もう少し考えてみたいと思う今日この頃。(例えば、マクロ的に考えた場合の、長期的な職業能力の低下。合成の誤謬?)