大竹文雄「日本の不平等 格差社会の幻想と未来」(その2)
- 作者: 大竹文雄
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2005/05/24
- メディア: 単行本
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- 賃金格差の拡大は、日本だけでなく、米国や英国*1にも共通する現象であるが、その要因として①グローバル化による未熟練労働需要の減少、②低学歴層の増大、③高学歴者の労働需要に偏向した技術進歩(高度情報化)、④労働組合組織率の低下、⑤インフレ率と比較した最低賃金の低下、等が複合して生じたとみられているが、①及び③は世界共通のはずであり、これをもって世界的な賃金格差の動きを説明することはできない。
- グループ間賃金格差には、①学歴格差、②年齢(勤続年数)格差、③男女格差、があり、これらはむしろ縮小しているが、①については、若年層で拡大している。その要因としては、技術偏向的な技術進歩により若年層の高学歴(、高技能)労働者の需要増加が考えられている。
- グループ内賃金格差には、①産業間賃金格差、②企業規模間賃金格差、があり、①は拡大傾向*2、②は特に若年層で拡大している。産業・規模間格差は、レント・シェアリングや収穫逓増等の要因が考えられている。また、企業内賃金格差に成果主義の与える影響については、人事データを使った分析があるが、統一的な結果となっていない。
- 格差拡大の認識が高まっている背景には、中高年大卒における格差拡大が背景にあり、これは、進学率の増加により大卒ホワイトカラーの人材のばらつきが生じていることに起因している可能性。また、パートタイム・フルタイム格差が拡大している。
- 男女別、年間賃金の不平等度をみると、男性は、90年代当初は低下傾向で、98年に跳ね上がる。女性は、95年を境にU字型。時間当たりでは、90年代終わりに賃金の不平等の高まりはみられず、リストラによる失業増と同時に労働時間格差の高まりが背景にあったと考えられる。百分位別の賃金上昇率では、すべての層で女性の上昇率が男性を上回り、男性では、95年以降、低所得層ほど賃金下落率が大きい。
第7章 ITは賃金格差を拡大するか
- IT革命は、高技能労働者の労働需要の高めることを主張する研究の中で、Kruegerは、コンピューターを使用している労働者の賃金が、使用していない労働者と比較し、10〜15%高いと主張。推定モデルは、ln(Wit)=ai+bXit+cCOMit+eit ai:時間を通じて変わらない個人属性、Xit:時点を通じて変化する個人と事業所の属性、COMit:コンピューター使用の有無。これに対し、DiNardo and Pischkeは、能力が高い人がコンピューターを使用していることを示唆する結果を提示。
- 上記の分析上の問題を取り除くため、パネルデータによる同一個人の異時点間情報によりaiを取り除くよう、階差モデルを、dln(Wit)=del'・dXit+delc・dCOMit+e'it として推計。レベル推計では、コンピューターを使用している労働者の賃金が6%程度高くなるが、階差分析では、コンピューター・プレミアムの存在は棄却される。教育年数とコンピューター使用ダミーの交差項をレベル推計に用いると、コンピューター使用の計数はマイナスだが、交差項の計数はプラスであり、高学歴層においては、コンピューター・プレミアムの存在がみられる。
第8章 労働市場における世代効果
第9章 成果主義的賃金制度と労働意欲
- 成果主義が労働意欲に与えた影響については、働き方の見直しを伴う場合に労働意欲が増すとの研究がある。また、Prendergastによれば、成果主義的な賃金制度がとられるのは成果の不確実性が高い職場であり、これは、リスクとインセンティブのトレードオフに反するが、この場合には最適な仕事のやり方が上司にもよくわからない場合が多く、権限を委譲して成果に応じた賃金とすることが望ましくなる。
第10章 年功賃金の選好とワークシェアリング
- 年功賃金制度に対する経済学的な説明は、①人的資本仮説、②供託金仮説、③生計費仮説があるが、どの説にも問題がある。また、年功的な賃金プロファイルの選好についての行動経済学的な説明として、①賃金上昇と技能上昇の同一視、②生計費保障と無駄遣いの自己規制、③消費が増えていくことがうれしい、④将来の消費を楽しみにする。なお、③は、合理的習慣形成仮説(過去において豊かな消費をしていると、限界効用が低下)と損失回避モデル(準拠する消費水準からの上昇よりも損失をより気にかける)から導かれる。
- 年功的な賃金プロファイルの選好をプロビット推計すると、習慣形成或いは損失回避、「賃金が下がると労働意欲が維持できない」という心理学的な要因が有意となり、生計費仮説は説明力を持たない。危険回避度が高い者はマイナスの要因。経営危機の際に賃金カットを選好するのは、危険回避度の高い者。「賃金が下がると労働意欲が維持できない」者は、全社員一律の賃金カットには抵抗が少ない。
コメント 大筋のコメントは、09/17付けエントリーのとおり。本書は一体的な書籍というよりも、論文集的な性格を持っている。あえて欲を言えば、最後に著者による総括的なまとめとして、現在社会に存在している格差は問題視すべきものか、何らかの施策的な対応が必要か等を論じて欲しかった。表題では、格差社会を「幻想」としており、それを意識の問題に帰結させようとの文脈が感じられるが、必ずしもそれで片付く内容とは思えない。もちろん、過度に「結果の平等」を求めることは悪平等との意見が多くあることは理解するが、その格差が入口の「機会の平等」が確保されないことにより生じているのであれば、大きな問題と言えるだろう。そのような切り口が本書にないこと自体、著者の考え方を表しているのかも知れないが、別の論者がこのような観点から格差問題に切り込んでいく可能性もあり得るように思われる。いずれにせよ、機会の格差や格差の世代間移転と言った観点からの分析がない点を割り引いても、不平等問題に関する現時点の決定版であり、今後本書をも起点として、格差問題が検討されていくであろうことは間違いないだろう。