ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

田中秀臣「ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝」

ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝 (講談社BIZ)

ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝 (講談社BIZ)

第1章 21世紀に君臨する「皇帝」の素顔

  • 金融政策の舵取りは一般物価水準の安定を目標にすべきであり資産価格(株価、不動産価格、為替レートなど)の動向に左右されるべきではない、とのバーナンキの姿勢*1をアダム・ポーゼンは評価し、この姿勢は今後も堅持されるとみる。バーナンキは「グローバル貯蓄過剰」からアメリカの財政赤字ファイナンス可能とみるが、クルーグマンは、現在の「住宅バブル」について資金流入が突然終わる「審判の日」の到来を予測。

第2章 世界最強「バーナンキ経済学」のエッセンス

  • バーナンキは、(ニュー)ケインジアンの立場。企業は労働者のインセンティブを考慮し、市場賃金(限界労働生産性)よりも高い賃金を支払う(効率賃金仮説)。また、商品市場は完全競争と独占の双方の性格を持っており、価格は「粘着性」を持つ。その背景には、メニューコスト(価格を変える際に必要となる経費)が存在。
  • 金融政策は、マネーサプライ(MS)のコントロールにより、物価の安定や経済成長のための環境を整備することを意図。MS=現金通貨(M)+銀行預金(D)、マネタリーベース(MB)=M+銀行準備(R)であるので、貨幣乗数=MS/MB=(M/D+1)/(M/D+R/D)。R/D(<1)は、銀行の貸付金割合に依存。貨幣乗数は、条件一定の基で、①M/Dが上昇、②R/Dが低下(貸付金が減少)すれば低下。今回の不況下での信用乗数の低下は、デフレ期待の基で、民間主体が現金の保有を増やしたため。
  • 中央銀行は、名目利子率だけでなく実質利子率もコントロールできる。インフレ率が上昇しても、名目利子率がその分上昇するだけ(フィッシャー効果*2)という見方に対し、バーナンキは、長期には成立しても経済が過熱したり不況に陥ったりといった不均衡時には当てはまらない、とする。
  • 物価一定のケインジアン・モデルは、政府の介入がなければ自立的に完全均衡水準に回帰することがないストーリーであるが、「物価が変化するケインジアン・モデル」では、政府や中央銀行が特に介入しなくても自然に完全雇用水準に回帰してしまうのが大きな特徴。長期AS曲線は、完全雇用水準でインフレ率を加速させる(垂直のAS曲線)。一方、短期AS曲線は、現在のインフレ率が独占的企業の過去の価格設定行為とインフレ予想の双方によって決定されているため、現在の価格の基で無限に弾力的(水平のAS曲線)となる。AD曲線は、中央銀行テイラー・ルールによって、(インフレ率が低下すれば産出量が増加する)右下がりの曲線を描く。

第3章 日銀幹部は一人を除いてジャンクだ!

  • 「貨幣・金融的要因と産出量の変動の関係を説明し切れていない」との批判に対し、実物的景気循環論側は、内部貨幣(銀行の信用創造)と銀行制度の関係を論じる。完全競争市場を持つ最終財と中間財の2部門に分割し、中間財(取引サービス)の生産は金融業が行い、取引サービスへの需要はサービスを提供する実質費用により変動するため、最終財への技術ショックは中間財へも伝播する。預金ストックは取引サービスの単調増加関数と仮定されるので、実質預金量は産出量と正の相関を持ち、最終財への外生的な技術ショックに内部貨幣が反応する。
  • 80年代以降の景気循環論は、「情報や市場の不完全性」「金融仲介機関の重要性」「負債比率」などを重視する。ニューケインジアンは、さらに「価格や賃金の伸縮性が経済を不安定化させる」ことも強調。バーナンキは、大恐慌における総需要の低下の原因をモニタリングやスクリーニングなど資金調達費用の上昇に求める。バーナンキの初期の景気循環論は、金融危機など非貨幣的要因を重視したが、その後、貨幣的要因を重視するようになる。
  • バーナンキは、物価水準目標とインフレターゲットの組み合わせを提案する。ここでは、リフレ期間内の物価目標水準とその後の長期的なインフレ目標の2段構えとなっている。物価水準目標が所定期間内に達成困難となると中央銀行は翌期一層の努力が義務づけられ、「一層の努力」へのコミットがインフレ期待への転換を促す。
  • 経済厚生を最小化するための目的関数を「損失関数」と呼び、今期のインフレ率と今期の産出量GAP(の2乗和)で表される。経済にとって最適なのは、この損失関数を①NISC:g(t)=a・r(t)+E[g(t+1)]+u(t)、②NKPC:dP(t)=E[dP(t+1)]+b・g(t)+e(t)、③金融政策ルール:目標名目短期利子率=f(g(t), 目標インフレ率) *3、の下で最小化することであり、それを考える上で重要なのが中央銀行のコミットメント。
  • レジーム転換無きままの量的緩和解除は「逆レジーム転換」とみなされる可能性。暗黒大陸氏によれば、量的緩和解除は時間軸効果が失われていく過程であり、当座預金残高目標の引き下げと平行してイールド・カーブは正常化する。そして、超過準備がちょうどゼロになった時に無担保コールレート(従来の利子率ターゲット)を0.15〜0.25程度に引き上げる、というのが望ましいフレーム。

第4章 バーナンキFRB時代の幕開けと日本経済

  • バーナンキによれば、石油ショック時の狂乱物価の主因は、家計や企業がFRBの金融引き締めが不十分と予想し、それが高いインフレ率を招いて賃金の引き上げや製品価格の値上げに移行したこと。小宮隆太郎によれば、第2次石油ショックでは、日銀が過去を反省していち早く強い金融引き締めスタンスを採用したため影響は軽微。

コメント バーナンキ経済学の主要論点をわかりやすく紹介するとともに、マクロ経済学の考え方のエッセンスを抽出した「実践マクロ経済学」と歴史からの教訓を基に、あるべき金融政策を提示し、日本の金融政策の問題を炙り出している。資産価格の動向を基に金融政策を運営すべきでないとするバーナンキに対し、日本の金融政策は、購買力平価ベースでの円高トレンドに順応し、90年代後半以降は、常に最適なマネタリーベースの伸び率を下回る引き締め気味の運営を行っている。また、バーナンキ経済学からの含意とは対照的に、インフレ期待をむしろ引き締めるような発言や政策運営が繰り返される。このように稚拙な政策運営を繰り返す日銀の背後にある考え方は、「強い円」への信奉であったり、日本経済の構造変革を金融政策面から促す、といった、本来の目的とは異なる別の意図があるのではないかということが示唆される。しかしながら、その結果生じたのは、5%半ばまでも迫った失業率(あるいは、それと連動した自殺率の上昇)であったり、将来の不確実性の高まりや、それによって生じた若年層を中心とする不安定就労問題であったということを鑑みると、より強く、その責任を追及することが必要であろうし、またそのことを通じて適切な金融政策運営が実現することを望むものである。

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*1:バーナンキは、資産効果の影響を限定的と考える。

*2:名目利子率←実質利子率+インフレ率

*3:テイラー・ルールは、目標名目短期利子率=均衡実質金利(≒2)+dp*(t)+a・(dp(t)-dp*(t))+b・g(t) dp*:目標インフレ率(10/10/05付けエントリー参照)。