備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

サンフォード・ジャコービィ「日本の人事部・アメリカの人事部 日米企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係」

日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係

日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係

第1章 企業経営と資本主義の多様性

  • 日本的システムの核となる要素の一つは本社人事部であり、その広範な管理業務には、管理者層の企業内配置転換、上級管理者適性を持つ従業員の選抜も含まれた。人事管理者はコーポレート・ガバナンスに関係し、中核的従業員の代弁者としても行動。これと対照的に、アメリカでは、人事管理者は経営管理階層序列の最下層かその近辺に位置づけられる。力のある職能部門は、製造、マーケティング、最近では財務部門。
  • 国ごとの制度という考え方に傾斜し、収斂を否定する人々は、「制度補完性」(経済制度は無数の小片から成り、それらは長い年月をかけて相互調和に達している、という考え方)に注目。「補完性」ゆえ、一つの制度をそれが存在する環境から引き剥がして異質な母体に移植しても、同じ成果を得るのは不可能。諸国は、理論的には、全く新しい諸制度を一揃い実施することも可能であるが、埋没コストと不確実性ゆえ、既存の経路から外れることはしない(経路依存性)。漸進主義は一括的変革に優る。
  • 今後の日米の人事管理者の役割と雇用慣行の性質については、①ナショナル・モデルとして市場志向的な方向、企業は従業員や他企業、政府との結びつきを弱める方向に向かう、②企業は産業レベルでの競争に一層敏感に反応し、互いに競争相手に似せて自分を作り替えるので、国別のパターンは弱まり、一国内部での分散度が大きくなる、③弱い経路依存性から、企業は規制の諸制度と調和する形で共通の環境変化に類似した方法で適応、④強い経路依存性から、諸国はそれぞれの特異性を保ち続け、比較優位を維持する、という4つの異なる予測が導き出される。

第2章 巨大日本企業の人事部−これまでの実態

  • アメリカの企業と比較して、日本の企業は集権的かつ専業型。事業部の役割が制約されており、また、事業部同士が技術と市場の共通性で連携し、長期雇用と人事異動が企業特殊的な知識を養成したことから、経営陣は各事業部のファンダメンタルズを把握しており、財務基準に頼って意志決定を下す必要がない。日本の経営幹部の多くが技術者であり、彼らは財務部門を警戒し、高品質化のための教育研修システムを用意する人事部との連携を導いた。
  • また、経営トップ選抜の際の影響力、企業別組合ステークホルダー型のコーポレート・ガバナンスなどが、日本企業の人事部の地位と独特な雇用慣行を支えた。
  • 少なからぬ日本の経営者がアメリカの経営者の高級と特権に憧れ、社員も、個人としての承認を強く求め、このことが成果主義的給与体系を広めた。組合は弱体化し、日本のシステムを変える取り組みを生産性向上によってではなく、パイの配分或いはイデオロギー問題への懸念で伝えようという人々に好機となる。バンドワゴン効果により、規範が変化しているという印象を与えることで、社会批判は自己充足的な予言となる。

第3章 現代日本企業の内実

  • Jエレクトロニクス社のガバナンス改革により、現在は、取締役会に人事担当役員や人事管理の経験を持つ人物は誰一人は行っておらず、財務の代表者が取締役会を構成。多くの企業では、年功の比率を下げ個人の業績をより重視する給与体系に変わる方向にある。公開している空席に社員が直接応募する「FA制度」は異動に対する本社の直轄権を弱め、内部労働市場に伴う制約の撤廃は、他企業から転職してくる中途採用者にとってより魅力的となる。
  • 人事管理者たちの関心は企業の長期に及ぶ健全性にあり、彼らの利他的な考えは、自己の利益増進に役立つ行動計画を促す「外部の声」を相殺するかも知れない。コンサルタントの提案の多くは、非常に個人主義的で、日本企業の集団志向的なモチベーション・システムには不向き。経営トップは、依然として、長期雇用という約束を重んじることが日本の経済と会社の双方に利益をもたらす、という信念を持つ。

第4章 アメリカにおける人的資源管理の展開

  • アメリカ企業の人事管理者のステイタスが低いのは、量的な基準で考える人々に支配されるビジネス文化の中にあって質的な問題を取り扱い、かつ首尾一貫した理論的枠組みを一度も構築してこなかったこと。また、企業内の従業員がおかれていた地位(株主が組織の主役)とも関係。たいていの企業は、毎日の生産高と雇用に関する意志決定を第一線の監督者(フォアマン)に任せることで満足。
  • アメリカ企業には、人事担当役員の権力強化に向けた2つのアプローチがあり、1つは、ビジネスパートナー・モデル。このモデルでは、人的資源管理担当役員は役員室にいる財務担当者やそれ以外の分野を担当する役員と連携し、市場への配慮によって雇用政策は左右されるものの、分権化した事業部にオン・デマンドでサービスを提供。
  • もう一つは、資源ベース・アプローチで、高い熟練を持つ従業員が競争上の優位をもたらし、雇用政策は比較的組織志向で、人的資源管理は雇用に関して全社規模で同時に進行する特有のアプローチに基づきつつ、戦略的な結果を確保する役割を演じるもので、知的資本の重要性の増大などにより登場。敵対的買収の危険が小さい企業は、資源を従業員に向ける傾向が強くなる。

第5章 現代アメリカ企業の内実

第6章 調査データの比較

  • 調査データ比較による結論は、①アメリカでは、ステークホルダー志向の人事担当役員と株主志向人事担当役員との間には明確な隔たりがあり、後者は強い影響力を持つ、②日本の人事担当役員は、株主志向であっても見返りがあまり期待されず、この事実がアメリカへの収斂プロセスを遅らせる、③取締役構成などコーポレート・ガバナンスと人事政策のありようとの間には関係がある。

第7章 評価と展望

  • 日本では、近年市場重視への移行、株主重視のコーポレート・ガバナンス、上級人事管理者の役割の縮小が起きているが、経路依存性からその移行は緩慢。アメリカもまた、市場志向の極へ向かって移動しており、その変化はより広範囲。二国間の格差はより拡大している。

コメント アメリカと日本の人事部について、その歴史的推移から最近の基調までの動きフォローしつつ、独自のアプローチにより分析。原題は"The Embedded Corporation"。人事管理には、財務基準を重視して従業員をコストとみなす考え方だけではなく、知識社会化の進展の下、人的資本の高度化が競争上の優位性をもたらすとする資源ベース・アプローチがあり、このような側面をより強く持つ日本的経営に対する著者の好意が感じられる。*1近年の日本経済の停滞について、評論家などがマクロ的要因の重要性を過小評価し、その要因を日本的経営という「ミクロ」の要素に帰そうとすることについて、パイの配分の変化を求める運動であると看過するなど、とても「安心」して読める内容。

*1:「ウェット」な要素を持つ日本的経営については、従業員を資源とする見方に立ちつつも、監督・行政の権限が削減され或いはその資質が低下している昨今、適正な企業開示システムの下、株主・市場参加者のプレッシャーをより強く受けることが望ましい、とする考え方にも一理あり、もう少し考えてみる必要ありか。