ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

三尾仁志「新しいケインズ経済学の下での最適金融政策分析:裁量とコミットメントの意義」(日銀レビュー)

  • 新しいケインズ経済学では、経済構造は、①総需要面の関係であるIS曲線:x(t)=E[x(t+1)]-s( r(t)-r*(t) ), r(t)=i(t)-E[dp(t+1)]*1…(1) x:GDPGAP, r*:自然利子率*2 、②総供給面の関係式であるフィリップス曲線:dp(t)=E[dp(t+1)]+b・x(t)+pshock(t)…(2) の2つの式で表される。これは、現在の経済変数の水準が将来の経済変数に対する予想に依存して決まるという性格を持っている(フォワード・ルッキングな経済構造)。
  • 政策目標であるインフレ率とGDPGAPの安定化は、厚生損失Σ[dp(m)^2+a・x(m)^2], m=t, t+1,...…(3) の最小化として表現される。最適金融政策を運営する中央銀行は、フィリップス曲線上のインフレ率とGDPGAPの組み合わせのうち、厚生損失の最小化を実現するよう、名目金利を操作する。政策手段が今期の名目金利に限られる場合(最適裁量政策):dp(t)=-a/b・x(t)…(4) を保つよう名目金利が操作され、将来実現させる名目金利を公表し、その実行を約束できる場合(最適コミットメント政策):dp(t)=-a/b・( x(t)-x(t-1) )…(5) を保つよう名目金利が操作される。*3
  • 経済に「総需要ショック」(自然利子率を上昇させるショック)が発生した場合、同じ幅だけ中央銀行名目金利を引き上げれば、GDPGAPは変動せず、フィリップス曲線との関係から、インフレ率も変動しない。このため、インフレ率とGDPGAPにはトレードオフが生じない。
  • 価格ショック(製品需要の価格弾力性等が外生的に変化することで生じるショック)が発生する場合は、トレードオフが生じる。この場合、
    • 最適裁量政策では、フィリップス曲線の「上方シフト」に対し、(4)式との交点までIS曲線をシフトさせるよう、名目金利を「引き上げ」る。
    • 最適コミットメント政策では、中央銀行が「来期の名目金利の引き上げ」にコミットすると、家計や企業の期待が変化し、フィリップス曲線を「下方シフト」させることができる。ただし、価格ショックがなくなる来期においては、インフレ率とGDPGAPが低下し、厚生損失が発生する。このとき、厚生損失は、インフレ率の変動が大きくなるにつれて急激に大きくなる性質を持っているため、来期のインフレ率がマイナスになることを受け入れるとしても、今期のインフレ率を最適裁量政策を運営する場合のそれよりも低く抑えることで、通期の厚生損失はより小さくなる。
  • 最適コミットメント政策では、来期以降の名目金利の水準が(来期には消滅している)今期の価格ショックの影響を受ける(歴史依存性)。もっとも、価格ショックは来期には消滅していることから、中央銀行には、前の期に行ったコミットメントを変更するインセンティブが生じる(時間不整合性)。*4

コメント フォワード・ルッキングな経済構造のもとでは、金融政策は、家計や企業の期待に働きかける最適コミットメント政策によって、厚生損失をより抑制することができる、との重要な指摘。さらに、時間不整合性を避けるためには、インフレーション・ターゲッティング政策が有効であるとの含意を得ることもできる。
 「消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続する」とした量的緩和政策の政策レジームについては、「最適コミットメント政策」を実践していると解釈するのは適当ではない、とする一方、「家計や企業の予想形成に影響を及ぼすことを通じ、物価安定の下での持続的な成長の達成を目指す施策の一環であると位置付けることはできる」と評価する。時間軸効果に成果があったとすれば、コミットメントはなかったが、家計や企業には、コミットメントがあったと理解させることに成功した、ということなのかも知れない。

*1:フィッシャー方程式。

*2:価格が完全に伸縮的な場合に成立する(仮想的な)実質金利の水準。

*3:pending。

*4:08/03/05付けエントリー参照。