ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

伊藤智、猪又祐輔、川本卓司、黒住卓司、高川泉、原尚子、平形尚久、峯岸誠「GDPGAPと潜在成長率の新推計」(日銀レビュー)

  • 潜在GDPとは、中期的に持続可能な経済の成長軌道であり、現存する経済構造を前提とした一国経済の供給力を表す。GDPGAPは、実際のGDPが潜在GDPからどの程度乖離しているかを示したもの。
  • コブ・ダグラス型生産関数 Y=(1-a)・K+a・L+TFP…② a:労働分配率 (Y,K,Lは対数表示)を仮定し、例えばaを過去の労働分配率の平均等で決めると、TFPは残差として決まる(ソロー残差)。K*:潜在資本投入量、L*:潜在労働投入量とすると、GDPGAPは、 Y-Y*=(1-a)・(K-K*)+a・(L-L*)…④ Y*:潜在GDP と表現される。潜在成長率を求める場合、②式によるTFPにはGDPの毎期の振れが含まれるため、HPフィルタによりTFPのトレンド要因の成長率を算出し、ΔY*=(1-a)ΔK*+aΔL*+TFPのトレンド成長率…⑤ で計算。
  • 「潜在」の意味には、①生産要素を最大限投入した場合の投入量を潜在投入量とする、②生産要素を「平均的な」水準まで投入した場合の投入量を潜在投入量とする、との2つの考え方がある。②の場合、過去の平均は期間を変えれば変わりうるもので、GDPGAPが「ゼロ」であることに、理論的に特別な意味はない。
  • 資本投入GAPは、潜在資本投入量(資本ストック×平均稼働率)と実際の資本投入量(資本ストック×稼働率)との乖離。
    • 「民間資本ストック統計」は、技術の陳腐化や磨耗などによる設備の実質的な目減りを正確には反映せず、資本ストックの経済価値を過大評価。この点、JIPデータベースでは、設備の減耗分を中古市場価格などから推計し、ストックから毎期差し引く。
    • 稼働率については、製造業は、鉱工業指数統計の稼働率の下方バイアスを短観設備投資判断D.I.で補正。非製造業は、法人企業景気予測調査の設備過剰感から推計。
  • 労働投入GAPは、潜在労働投入量(15歳以上人口×平均稼働率)と実際の労働投入量(15歳以上人口×稼働率)との乖離。稼働率は、労働力率×就業率*1×1人あたり総労働時間と分解され、労働投入GAPは、それぞれのGAP(何らかの「平均」からの乖離)の合成となる。
    • 労働力率は、高齢化が構造的な低下要因として作用し、25〜34歳の男性の労働力率が緩やかな低下傾向にある一方で、同年代の女性の労働力率は、柔軟な雇用形態が普及してきていることもあり、構造的に拡大。性・年齢別の労働力率からHPフィルタで可変トレンドを抽出し、加重平均して潜在労働力率を算出。結果は、90年代半ばまで変化はなく、90年代末から、人口動態変化を主因に明確な低下傾向。
    • 潜在就業率は、年齢別UV分析から構造的失業率を算出し、1−構造的失業率を潜在就業率とした。結果は、90年代半ばから02年頃まで、景気の長期低迷を背景に大幅な悪化が続いた後、03年頃からマイナス幅がはっきりと縮小。
    • パート比率が上昇すると、1人あたり労働時間は低下する。近年のパート比率の上昇は、グローバル化の下での企業行動の変化、労働者側のライフスタイルの多様化等を背景とした構造的な動きと考える。このため、一般・パート別潜在労働時間を別々に推計し、その時々のパート比率で加重平均。一般労働者の所定内労働時間にはレベルシフトがあるため、横ばい圏内にある時期はその期中の平均値、レベルシフト期はトレンドを潜在値とする。結果は、02年を底に改善し、最近はプラス領域で推移。
  • 新GDPGAPは、景気回復によりマイナス幅が着実に縮小し、足下ではゼロ近傍。結果は幅を持ってみる必要があり、「ゼロ」に厳密な意味を充てることは出来ないが、①3月短観では、設備投資判断D.I.は過剰感がほぼゼロで、雇用判断D.I.では幾分人手不足、また、②内閣府推計とも連動しており、結果は概ね妥当。

コメント 結果をみると構造的失業率が4%を上回っており、パート比率の上昇を全て構造要因としている*2こと等、違和感のある所が多い。中には、潜在失業率が「景気の長期低迷を背景に」大きく低下したとしているなど、明確に循環要因を構造要因として推計していることを認めるくだりもある。現状、賃金や物価の上昇率が加速する気配がないことを考えても、(本論文にも指摘されているように、)GDPGAPが「ゼロ」であることには厳密な意味はなく、遊休資産は未だに存在していると解釈すべきではないかと思う。*3
 なお、労働力率の構造変化の話は、「真の失業率」の精緻化の話とも関係し、参考になる。

*1:分母は労働力人口

*2:注記において、留保あり。

*3:ドラゴン論説(@Economics Lovers Live)も参照。