ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

岩田規久男「「小さな政府」を問いなおす」

「小さな政府」を問いなおす (ちくま新書)

「小さな政府」を問いなおす (ちくま新書)

第1章 「大きな政府」へ

  • ヴィクトリア時代後期(1900年代初頭)の失業保険は、失業が発生した後に失業者の痛みを和らげるに止まるもの。1942年のベヴァリッジ報告は、国家は社会保険によって「ナショナル・ミニマム」を保障すべきであるが、それ以上の所得保障は人々の勤労意欲を低下させ失業保険への依存心を強くする、というもの。フェビアン社会主義の思想は、この「ナショナル・ミニマム」の保障を一つの要素とし、もう一つの要素として産業の民主的管理の思想を持つ。第二次大戦後、労働党はこの思想に則り、石炭、鉄道、鉄鋼等の基幹産業の国有化を進めた。

第2章 知られざる戦後日本の社会主義革命

  • 1973年は福祉元年と呼ばれ、老人医療費の無料化、家族療養費の給付率の引き上げ、年金給付の大幅改善と物価スライド制等が開始された。しかし、73年末には第一次石油ショックが起こり、以後経済成長は高度成長期の半分以下の4%台となる。これらの福祉政策は、高度成長の持続と欧米に比べ高齢化が進展していないという二つの条件によって成り立ち得るものであり、ここに今日の年金問題の根源がある。
  • 田中角栄は、道路整備こそ過密・過疎の弊害を解消し地域格差を無くす切り札と考え、道路特定財源によりその財源を確保。59年には大都市での工場と大学の建設が原則禁止され、62年には「国土の均衡ある発展」を目指す全総が始まる。70年代も地方に対する税・財政面での優遇、農業、中小企業、零細小売店の保護といった角栄型経済政策が続き、社会保障の拡充と併せて政府の規模は急速に大きくなる。増田悦佐は、「結果の平等」を目指す社会主義革命こそが高度経済成長を終わらせた真犯人、とみる。

第3章 新自由主義の台頭−「小さな政府」の思想

  • ケインズ経済学では、失業率が高いときには積極財政や金融緩和により需要を拡大し、インフレを生じさせつつも完全雇用を実現することが可能、とする。しかしながら、インフレは実質賃金を低下させるため、労働者は賃上げを要求し使用者は雇用需要を満たすようこれに応じる。結果的に、雇用需要と失業率はインフレが起きる前の水準に戻り、高インフレだけが残る、というのが現代版貨幣数量説(マネタリスト)によるスタグフレーションの説明。加えて、累進所得税の下でのインフレは実質的に増税となり、勤労意欲は一層疎外される(自然失業率は増加)。
  • M・フリードマンは、経済的自由を保障する経済システムは競争的資本主義であることを協調。また、景気の悪化も経済的自由を奪う。競争的市場における自発的交換は、全くの自由放任的な市場では実現できず、一般的な交換ルールが必要。このルールを設定し違反者から各個人を守ることが政府の役割。これは、「個人を国家への奉仕者とみなす考え方」とは対立する国家観。また、競争維持、公共財の供給者、外部効果の存在、情報の非対称性と関わる政府の役割がある。

第4章 結果の平等か機会の平等か

  • 教育機会の平等を推進する教育切符制度(略)。効率性と公平性の間にはトレードオフが存在。フリードマンは、何らかの公平基準を決めて所得を再分配する政策は、ことごとく勤労意欲や貯蓄意欲を疎外し国民所得を減らすことから、これらを全て廃止し「負の所得税」に置き換えることを提案。

第5章 「小さな政府」への闘い−サッチャー革命からブレアの第三の道まで

  • サッチャーの経済政策は、まず、引き締め的な財政金融政策でインフレに対処。これにより、インフレ率は83年以降大きく下がったが、失業率は86年まで大きく上昇。労使関係法の改正で労働組合は弱体化され、実質賃金は低下した。また、金融の自由化、行政の効率化といったミクロ経済政策を図る。税制改正では直間比率を見直し、社会保障改革は「その必要性が最大である人を正しく認識して支給することが重要」との考え方を基本として「失業の罠」「貧困の罠」を解消する。
  • ブレアは、サッチャーの路線を引き継ぎ、若者、長期失業者、50歳以上の労働者、片親世帯等をそれぞれ対象とする積極的労働市場政策を展開(ニュー・ディール・プログラム)。経済的格差は、サッチャー政権時代に大きく拡大したが、ブレア政権になり歯止めがかかる。

第6章 スウェーデン福祉国家の持続可能性

  • スウェーデンは「高福祉・高負担」の「大きな政府」であるが、1人あたり国内総生産は日本とほぼ同じ。80年代初頭までスウェーデン・モデルが良好に機能した仮説として、R・フリーマンは、(「同一労働、同一賃金」の理念の下での)連帯賃金政策により、低生産部門の賃金が労働生産性を上回り、そこでの雇用の減少を公的な医療・福祉部門が吸収。この政府雇用を支えるための高負担により、高い賃金が得られたはずの労働者の所得が平準化。賃金格差が小さいため、転職率は低下し労働時間は低下する。「ワークフェア」に基づく社会保障制度により、完全雇用は実現するが、その一方で傷病欠勤日数は増加。
  • スウェーデンは、90年代初め、日本と同じ理由で深刻な経済危機に見舞われる。ただし、94年以降は、世界的な好景気と通貨の下落により、輸出の増加・投資の急増で経済は急回復。92年の終わりには、2%のインフレ目標政策を採用しインフレ率は安定。また、80年代以降、税制、社会保障、規制改革及び政府企業の民営化等の構造改革を進め、90年代の経済危機を克服しマクロ経済が安定化すると、これが徐々に実を結ぶ。現在、IT革命による生産性の向上により3%程度の成長を保つが、前途は多難。

第7章 日本の「小さな政府」への挑戦と挫折、第8章 小泉改革

第9章 「小さな政府」と格差問題

  • 構造改革は生産性を引き上げるための改革(①)。これによって職を失った人が新たな職を見いだすためには、経済全体のモノやサービスに対する需要が増えることが必要。これを可能にするためのマクロ経済安定化政策(②)には財政政策と金融政策があるが、クラウディング・アウト、将来の増税や歳出削減といった点から、海外では金融政策による物価の安定化を図るのが主流。日本の貧困率が上昇したのは、①の条件はある程度満たされたものの、98年からのデフレにより、②の条件が全く満たされなかったから。

コメント M・フリードマンの流れを汲む「新自由主義」に基づく経済政策への信条表明。ケインズ主義的福祉国家は政府を肥大化させ、高インフレ・高失業というスタグフレーションを引き起こす。このため、現代版貨幣数量説に基づくマクロ安定政策と、これに加えて、競争的な市場の下での経済的自由を確保し、政府の役割をできるだけ縮小することで、人々の勤労意欲を高めつつ国民所得の向上させる方向性が示唆されている。
 その上で、「低所得者の所得も増加するが、それ以上に中所得者以上の所得が増加することによって拡大する所得格差」については許容し、格差問題への対応としては、「機会の平等」を確保することが求められ、その観点から、教育切符制度、公的な能力開発支援等は有効であるとする。また、長期的にインフレ率を2%程度に維持する金融政策の重要性を指摘しており、極めて妥当な内容であると思えた。
 さて、ここで所得再分配について考えたいが、M・フリードマンの考え方に従えば、累進的な所得税率は国民所得の向上にとってマイナスとなる。一方、(先の大竹講演に関するエントリーにもあるように、)低成長・少子化の社会が今後も続くことを前提とするならば、再分配政策はさらに重要性を増すことになる。これらを踏まえた上で、現実の税制をどうすべきかとの問いは、「大きな政府」か「小さな政府」かという二律背反を超えて、政府のあるべき「大きさ」を問うものであり、これに回答を出すことは現時点では留保せざるを得ない。まずは、我が国の潜在成長率はどの程度であり、かつどこまで高めうるのか、との点に回答を出しておく必要があるだろう。