アルバート・ハーシュマン(矢野修一訳)「離脱・発言・忠誠−企業・組織・国家における衰退への反応−」

離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応 (MINERVA人文・社会科学叢書)

離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応 (MINERVA人文・社会科学叢書)

第1章 序論と学説的背景

  • 人間社会は、生存維持水準を上回る余剰の存在によって特徴付けられ、こうした余剰が存在するからこそ、社会の進歩においてかなりの衰退を甘受してきた。これは、生産性を向上させ、自らを取り巻く環境を支配するようになったことと無縁ではない。ところが、完全競争モデルでは、それぞれ孤立する個別企業は全体的にぎりぎりの状態にあり、その結果、僅かな過ちが破滅にいたる。厳しい緊張経済のイメージが、経済分析において特権的地位を占める。
  • 永続的緊張経済という伝統的モデルの傍らでスラック経済理論の諸要素が用いられ始めており、この分野の萌芽的貢献は、H・A・サイモンが、企業は通常、最大限可能な利潤率よりもむしろ、「満足のいく」利潤率を求めているにすぎないと述べたことに見いだされる。本稿では、スラックの存在を認めるだけでなく、それが絶えず生み出され続けていると考える。

第2章 離脱(Exit)

  • イノヴェーションや成長を生み出す能力については、確定された結論には達していないとは言え、これまで詳細に研究されてきた。だが、効率性・業績・成長といった点で「正常な」状態から逸脱した企業を競争はどのようにして元に戻せるのか、という問題についての研究は行われてこなかった。こうした研究に必要な概念要素は、①購買量が価格ではなく品質の変化に依存すること、②売上と品質の向上の関係を表す経営者側の反応関数の存在。
  • 競争(離脱)が業績悪化からの回復メカニズムとして機能するためには、企業は一般に、機敏な顧客と緩慢な顧客とを併せ持つこと(需要の品質弾力性が程々であること)が一番よい。
  • 数多くの企業が存在する場合、「隣の芝生はいつも青い」という永遠に続く錯覚、つまり、競争相手の製品を買えば欠陥製品から逃れられるという錯覚を抱かせる。競争とは、競合する企業同士が顧客を互いに誘い出すだけの結果に終われば、それだけ無駄が多く注意をはぐらかせるだけ。

第3章 発言(Voice)

  • ある特定の状況では、離脱は発言が失敗した後に行使される最後の手段としての反応。こうして、発言は離脱を補完するものであるとともに、代替する手段と成り得る。発言オプションは、衰退する企業・組織に「こだわる」意志決定と拘わるのは確かであり、①それを「元に戻す」可能性があるとの評価、②利用可能な代替品の可能性よりもそれを「元に戻す」可能性にかけることに価値があるとの判断、に基づいて成される。
  • 発言は離脱に比べ費用がかかるので、消費者は、購入する財やサービスの数が増えるに従って、少しずつ発言する余裕がなくなる。このことは、発言が製品を購入する企業に関してより、所属する組織に関して重要な役割を演ずる理由。先進国経済では、利用可能な商品の数と種類が豊富なので、発言よりも離脱が選好される一方、多額な出費が必要な標準的耐久消費財の重要性が大きくなり、こうした事情が離脱よりも発言を促す。

第4章 離脱と発言の組み合わせ−固有の難しさ

  • ナイジェリアの鉄道は、他の輸送手段との活発な競争があったにもかかわらず、フィードバックメカニズムが奪われることにより、誰の目にも明らかな非効率性を正すことができなかった。「もしそこの経営が気に入らないのなら、株を売るべきである」とのウォール街のルールは、結局、悪い経営・政策を永続させる。
  • 「目利きを必要とする商品」の場合、品質が低下したときに購入をやめる顧客は、必ずしも、価格が上昇したときに購入をやめる限界的消費者ではない。公立学校と私立学校の両方があり教育の質は私立の方が高い場合、質の低下への対応は、公立よりも私立の方がより強力に「内部から」行われる。
  • (欧州のように)階層間の移動を阻む社会では、発言オプションの行使が自動的に強まる。今いるところで生活の質を守ろうと誰もが強く思うためである。上向移動が可能な社会ほど上層階級と下層階級の格差が拡大するだけでなくより強固になるということがますます明らかになってきている。

第5章 競争が助長する独占

  • 競争の存在は、搾取に走り利潤極大化を狙う独占企業に対処するには有効であるが、主な関心が軟弱で凡庸になりがちな独占企業(前出、鉄道の例、米国郵政局等)にどう対抗するかということなら、(口うるさく裕福な顧客にだけ特別な離脱の機会が存在することで)競争の存在は利益よりも多くの害をもたらす。

第6章 空間的複占と二大政党制の力学

  • 企業や組織は、ある一部の人を喜ばせる一方で別の人を落胆させる品質の変化を起こす可能性がある。品質Aと品質Bに対する不満の強さが同じであれば、不満極小化を目指す企業は、品質Aと品質Bの中間点を選択する。ハロルド・ホテリングによれば、顧客がこれらの間に均等に分布し二つの企業が当初それらの第1,第3四分位に位置している場合、どちらか一方が身動きできないとすると、利潤最大化を狙うもう一方の企業は中央に向かって移行する。複占という条件の下では、①二つの企業は尺度上を真ん中に向かって移行し、②社会的には望ましくない結果をもたらす。
  • 上記のモデルは、需要の非弾力性という要素が決定的に重要である(需要が弾力的である場合、中央への移行に従い、末端の顧客が失われる)との批判を受ける。しかし、アンソニー・ダウンズは、均等分布ではなく中央でピークをなし両端で先細る分布であれば、中央収束傾向は再び自明となることを指摘。
  • 二大政党制の下で、実際には、政党はホテリング=ダウンズ・モデルのような行動は取らない。ここで発言概念を採用する。需要の非弾力性という仮定は、複占や二大政党制の下では現実的。ただし、「他に行くところがない」という意味で身動きのとれない者が無力の象徴であると判断することは誤りであり、実際には、これらの者は(離脱できないからこそ)あらゆる影響力を行使する。

第7章 忠誠(Loyalty)の理論

  • 離脱が可能な場合、発言が行使されるかを決定づける主な要因は、①品質の低下した製品の改善という不確実性をどれだけ受け入れられるかと、②自らの影響力をどの程度のものと考えるか。①の要因が「忠誠」として知られる。時間が経てば、正しいことが悪いことを凌駕するはずだと期待されている点が忠誠が信仰と大きく異なる点であり、忠誠に基づく行動は合理的打算に満ちている。
  • 忠誠は離脱を先延ばしすることにより発言を強化するが、最適ではない結果をもたらす機会はいくらでもあり、①忠誠の度が過ぎ、離脱と発言の組み合わせにおいて不当に離脱が無視される状況や、②実際には離脱とともに発言をも押さえつけること(組織への参入費用を高くし、離脱に対し厳しいペナルティを設定する場合等)が多々ある。

第8章 アメリカ的なイデオロギー・慣行の中の離脱と発言

第9章 離脱と発言の最適な組み合わせは可能か

  • 離脱と発言が最適な効果を持ち、それが安定的になるような条件はない。一方の反応方式だけに頼りがちになるにも関わらず、その効果は次第に低下する可能性が強い。支配的な反応方式が不適切だと誰の目にも明らかになって始めて、もう一つの反応方式が再び入り込んでくる。ある組織が衰退に立ち向かう能力を保持するためには、もう一方の反応法式を時に応じて入り込ませる必要がある。どんな最適な組み合わせであれ、不安定になる傾向を生まれながらにして備えている。

コメント 衰退企業からの顧客の「離脱」が当該企業を淘汰し、適者生存の原理によって経済成長が可能になるとのビジョンが重視されがちな経済学に対し、「発言」というメカニズムによって企業が「内部から」改善され、経済成長が可能となるというビジョンも同様に重要であることを指摘。特に第4章は、競争的で上向移動が可能な社会は、離脱が発言を抑制することで、改善を停滞させ格差を固定化するとの指摘がなされるなど、「離脱」「競争」メカニズムへの無批判的な偏重に非を鳴らす。ただし、後半では、双方の反応方式を組み合わせ、それをファイン・チューニングしていくことが重要であるとし、バランスのとれた議論がなされている。
 また、(田中先生の紹介する)"Marginal Revolution"では、発言は、実際には競争圧力が強い環境で機能し、競争と発言は代替的であるというよりはむしろ補完的であると指摘されている。重要なことは、本書を盾に「競争」メカニズムへの批判に走るのではなく、「競争」的な環境を保ちつついかに発言機構が機能する仕組みを作り上げていくか、という所にあると思われる。
 なお、最後の〈訳者補説〉では、ハーシュマンの激動の半生が綴られており、こちらも非常に興味深い内容。