ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

北浦修敏、坂村素数、原田泰、篠原哲「構造的失業とデフレーション−フィリップス・カーブ、UV分析、オークン法則−」(PRI Discussion Paper Series)

1.フィリップス・カーブによる分析

  • 構造的失業を分析する最も基本的な方法であるNAIRU型のフィリップス・カーブ dp(t)=E[dp(t)]+b・[U(t)-U*(t)]+サプライショック…(1) U:失業率 U*:構造的失業率 の理論的説明については、Friedmanの他にもニュー・ケインジアンにより様々なりろんモデルの形が提示されているが、実証研究と十分整合的な理論的説明は未だ得られていない。ただし、多くの実証研究では、物価上昇率に対する適応的期待を前提としたフィリップス・カーブ dp(t)=α+Σβi・dp(t-i)+γ・U(t)+サプライショック…(2) が用いられ、構造的失業率は-α/γにより得られる。
  • (2)のU(t)について、①失業率、②失業率逆数、③失業率-UV分析の構造的失業率、の3通りで推計し、Σβi=1、γ<0 が成立するかどうかを確認したが、いずれの推計も棄却された。なお、結果は必ずしも有意ではないものの、インフレを低下させるための失業率の上昇幅(犠牲率)1/γは、1990年代に入り高まっていることが示唆される。
  • この事実は、NAIRU型のフィリップス・カーブのシフトという解釈ではなく、通常のNAIRU型のフィリップス・カーブの短期の因果関係(U→dp)とは逆に、ゼロインフレやデフレが生産水準を減少させ失業率を上昇させた可能性をも示唆する。その理論的裏付けはAkerlof, Dickens and Perryによって行われ、①独占的企業、②企業はミクロ的レベルで同一的なショックではなく様々な非対称的なショックを受けている、③連続赤字とならない限り名目賃金の切り下げは行わない等を前提とした確率的一般均衡モデルのシミュレーションの結果、マイナスのショックを受けて賃金調整の制約を受けることとなる企業の割合はゼロインフレ・デフレの下では大幅に上昇し、こうした企業が雇用調整を行うことで失業の増大に繋がる。
  • 1980年代と1990年代の失業率と賃金の関係をみると、80年代は安定的な物価上昇を通じて業績の善し悪しを名目賃金の上昇幅に反映できる一定の弾力性があったが、90年代は生産性の低下の下で名目賃金の上昇を大幅に抑制してきたにもかかわらず、デフレと賃金の下方硬直性により80年代と同程度の高い実質賃金の上昇を受け入れざるを得なかったことが分かる。

2.UV分析

  • UV分析の理論としては、①フロー分析に基づく理論、②サブマーケットの基づく理論、が挙げられる。
    • ①については、失業プールへの流入と雇用創出による失業プールからの流出が絶えず発生しているとの前提の下で、流入=流出の状況を均衡状態と捉える。雇用の創出関数(マッチング関数)を M=ε・m(cNu, Nv) Nu:失業者数 Nv:欠員数 とし、s:雇用の喪失率 N:雇用者数 マッチング関数は一時同次とすると、s=ε・m(cNu/N, Nv/N) となる。さらにコブ・ダグラス型を仮定すると、ln(U/N)=α+β・ln(V/N)+γ・ln(s)+δ1・ln(ε)+δ2・ln(c)…(3) となり、構造要因を示すln(ε)、ln(c)を推計することでベバレッジ・カーブが得られる。
    • サブマーケットの理論は、労働市場が超過需要又は超過供給という不均衡の状態にある無数のサブマーケットから構成されているとし、労働市場の調整に一定の時間を要すると考えると、失業と欠員が同時に存在することが説明できる。
  • UV分析による構造的失業率の推計方法と推計上の問題点(略)
  • UV曲線の推計にあたっては、構造要因を明示したモデルとし、①UV曲線の円運動が失業率の遅行性・欠員率の先行性によって生じているとの解釈にたち、欠員率のラグをとる推計と、②企業の雇用調整のプロセスが緩やかであることから失業率が粘着的となることによって生じているとの解釈にたち、1期前の失業率を説明変数に加える推計を行った。また、デフレが賃金の高止まりを引き起こし失業率を上昇させるAkerlof, et al.のケースを想定し、賃金要因(労働分配率)を加えるケースと加えないケースの推計を行った。
  • 推計の結果は、1期前の失業率を説明変数に加える推計が適切な分解式となり、失業の粘着性によりUV曲線の円運動が生じている可能性が示唆される。構造的失業率は90年代初頭より上昇するが、その水準は2001年において2%台半ばから3%強であり、経済財政白書・労働経済白書における推計はUV曲線の円運動を考慮していないことを主因として過大推計となっていると考えられる。

3.オークンの法則に基づく分析

  • オークン法則は、失業率とGDPGAPの負の関係 U=U*+a・GDPGAP。構造的失業率を構造要因によって説明できるとすれば、U=α・GDPGAP+Σβi・構造要因i…(4) と書き換えることができる。これに、さらに賃金要因を加え、UV分析と同様、GDPGAPと賃金要因の適当なラグをとり、1期前の失業率を説明変数に加える。また、原数値と対数形の双方で推計を行う。後者はU/U*=a・GDPGAP を意味するので、GDPが潜在GDPの近くにある場合は失業率の上昇幅は小さく、乖離が大きい場合は失業率が急激に上昇することを意味する。
  • 推計の結果、年次データで1期前の失業率を説明変数に加え、対数値で推計を行うことにより適切な分解式となる。2001年の構造的失業率は、UV分析の場合とほぼ同じであるが、有意となった説明変数の組み合わせが異なり、必ずしも整合的ではない。

コメント 本論文の重要な指摘は、90年代の失業率の上昇の中で、Akerlof, et al.の指摘した非線形の長期フィリップス・カーブが若干シフトした可能性は否定できないものの、その上昇の多く(2〜3%)は循環的要因で説明できるとの点である。これは、経済財政白書・労働経済白書における推計(直近で概ね4%前後)が過大な推計値となっている可能性を示唆するものであり、UV分析の問題点について、詳細な検討を加えている。(本論文の主要な要素であり、本エントリーでは省略したこの部分についてはecon-economeさんのエントリーに詳しい。)
 なお、本論文ではUV分析で4280通り、オークン法則に基づく分析で8560通りという大がかりな推計を行っているが、パフォーマンスの良い推計結果はそれほど多くなく、両分析の整合性も必ずしもとれたものとは言えない。このように、構造的失業を適切に求めるという作業はなかなか難しく、その数値の解釈も理論・モデルを含めて理解する必要がある。先日取り上げたGDPGAPを巡る議論(最後の「余談」のところを参照)も同じであるが、数字の一人歩きには極めて危険なものがある。*1

*1:逆に、理論・モデルを含め一定の幅を持って数値を理解するのであれば、推計そのものは非常に示唆的であるとも言える。