ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

ワーク・ライフ・バランスについて(その1)

 日本キャリアデザイン学会のメルマガにある「キャリア辞典」(執筆者は荻野勝彦氏)において、「ワーク・ライフ・バランス」に関する連載が始まった。この言葉、2005年頃から急に使われるようになった言葉のようで、当初は少子化との関係で論じられることが多かったが、最近では労働法制を巡る議論が高まる中で「個人の生活全般の改善、充実といった観点からの使われ方も増えている」とのことである。ここでは、ワーク・ライフ・バランスの鍵を正規雇用者についての労働時間の短縮や労働時間・日数の多様化を図ることと考え、それが日本の雇用システムに大きな変化を生じさせるものであるとみなした上で、その意義を考えてみることとする。
 まず、少子化との関係から考えてみたい。合計特殊出生率の要因を①有配偶者の数と②有配偶者が産む子供の数の2つに分解すると、前者が近年の出生率低下の主因となっており、少子化問題の解決策としては、婚姻の数を高めることが肝であると指摘できる。*1ワーク・ライフ・バランスが少子化問題の解決策となるためには、長時間労働など仕事中心の生活態度が結婚を疎外しているということを実証する必要があるが、大方の話は、子育て期にある男性の長時間労働や既婚女性の継続就業の問題が少子化を促進しているという観点からのものである。上記の事実に照らせば、このような論じ方は適当ではないと思う。*2
 次に、企業の生産性という観点から考えてみる。例えば、ワーク・ライフ・バランスが個人と組織を強くするとの議論があるが、ここで前提とされているのは、IT革命等にともなう働き方の変化であり、個々人のスキルが会社の生産性を高めるような雇用の仕組みである。このような雇用の仕組みは、ここでかつて論じたような長期雇用システムの下での企業における技能形成を通じた生産性の向上、といった話とは大きく異なるものである。100歩譲って、仮にホワイト・カラーの働き方、スキルの形成には上記のような変化が生じており、企業の付加価値創造力の主たる原動力が社会的に共通する個人のスキルに移ってきたことを認めるにしても、ブルー・カラー的にな職場にも同様の変化が生じているとはなかなか信じがたいものがある。
 「雇用流動化」が効率的な労働力の配置を可能にし、企業の生産性を高めるとの論じ方も有り得るだろうし、そのような雇用システム観に立てば、ワーク・ライフ・バランスは、これまで様々な理由で働く場に出ることのできなかった者の就業を可能にし、組織を強くすることも有り得る。無論、その場合は、職業能力開発の機能もこれまでのように企業内部に止まるものではなく、バウチャー制度などを利用した社会的な機能となっていく必要がある。問題は、企業も社会もそのような雇用システム観を理想としているようには到底思われないと言うことである。むしろ、そのような変化は国全体としての成長力の低下に繋がり、それまで理想的に見えたものが一部の恵まれた層だけのものになるようにも思われるのだ。*3
 従来からの長期雇用の仕組みとワーク・ライフ・バランスという大仕掛けな仕組みがどのような形で融合され得るか、というのはなかなか興味深い課題である。欧州のような雇用システムを理想と考えるのは構わないが、その場合は、失業率の上昇や格差の固定化といった負の側面も併せて受け入れる必要がある。個人的には、従来の雇用システムを保持しつつも、そこに表れる歪みを漸進的に解決していくような方向性が正しい道であると考えるが、その場合には、ワーク・ライフ・バランスなどという大仕掛けな仕組みは必要がないのではないかと考えている。

*1:BI@Kにおいても、別の観点から分析されており少子化対策として「第1子を産むよう誘導すること」が重要であると指摘されている。なお、少子化対策として自分の考える最も有効な方策は、若年失業率を引き下げ、そこでの正規雇用率を高めることであり、それを可能にするためにはマクロ経済の成長が必要である。

*2:ワーク・ライフ・バランスは婚外子の増加に繋がり、要因分解式の考え方に制約されて論じる必要はない、との見方が正しいとすれば、必ずしも「適当ではない」とは言えませんが。

*3:ただし、ワーク・ライフ・バランスの実現がマクロ的な消費水準の向上に繋がることが実証され得るのであれば、その効果を否定するものではない。一般的な消費関数の形状から考えて、その可能性は低いように思われる。