ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

橘木俊詔「労働のセーフティネットと失業減政策」(ESP 2001.11発行)

 当時のESRI経済政策フォーラム「労働市場セーフティネット」の基調講演から、橘木氏のインフレ・ターゲッティング政策に対する考え方等についてのメモ。*1

  • 一般的に、物価下落は消費者にとって好ましいことであり、デフレはこれに関する限り悪ではない。悪いのは、企業収益の下落により企業の活力及び労働需要が低下すること。これは失業率増大の大きな要因。
  • しかし、国民が経済成長率がゼロ(或いはマイナス1%前後)であることを許容するのであれば、「強硬な政策(例えばインフレ・ターゲッティング)」をとる必要はなく、むしろ、望まざる高いインフレ率の帰結の方が心配。
  • 残る失業の存在についてはワーク・シェアリングで解決する。これは、既に雇用されている人たちの僅かの犠牲によって失業している人たちの雇用を可能にするもの。(国民が)経済成長率がゼロ(或いはマイナス1%前後)の世界と共通する精神を持つことを期待。これが実現されると、デフレの世界もあながち最悪ではない。

 これはまた、以前取り上げた立岩理論と共通する経済史観デスね。キャップが嵌められた経済成長のパイをゼロサム・ゲームで争うことになれば、氏の言うようなパイを分け合うような予定調和的な社会観には行き着かない。仮にそのような予定調和的な社会観が実現されたとしても、市場競争の下では生き残ることが不可能。結局、経済成長が見込めない社会では、必然的に失業が増加し格差は広がるのである。これを避けていく上で最もフィージビリティのある方向性は経済成長の持続的な拡大であり*2、それ以外には正直なところ選択肢はないように思われる。格差拡大の懸念を喧伝し続けるのは構わないが、氏の提示する処方箋なぞを選択してしまったら、後々大いなる禍根(スパイラル的なデフレの深化)を生じさせますゾ。
 それ以前に、インフレ・ターゲッティング政策を「強硬な政策」といっている時点で氏の見識の低さを感じずにはいられない。

*1:書棚の書類を処分中に、偶然見つけたもの。

*2:この方向性は、人口減少社会においては、資本の限界生産力または全要素生産性成長率の拡大を意味するため、これらの水準に企業規模間の不均衡がある場合は、先日のエントリーで指摘した企業規模間の格差をさらに拡大させる可能性はある。