備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

大竹文雄、小原美紀「失業の増加と不平等の拡大」(日本経済研究)

  • 「全国消費実態調査」の単身世帯、農林漁業、自営業世帯を含む包括サンプルを対象に、課税前総所得、可処分所得、消費支出*1、金融資産等の不平等を失業グループと非失業グループに分けて計測することにより、失業が不平等に与えた影響を分析する。
  • 不平等はタイル指標 T=Σ{wi・ln(xi/E[x])}, wi=xi/Σxi を用いて計測。個人iが幾つかのグループに分けられる場合、タイル指標は、①各グループのxが全体に占めるシェアをウェイトに持つグループ内タイル指標の和(グループ内不平等)と、②グループ平均を用いたタイル指標(グループ間不平等)に分けられる。*2
  • 二人以上世帯の場合は「夫」、「夫」を持たない家計については女性、単身世帯については本人を「家計を担う者」とみなし、「家計を担う者」が調査時点において非就業で求職活動をしている場合、その世帯を失業世帯とする。失業世帯の割合は、84年から99年にかけて(5年毎)、0.37%、0.22%、0.79%、1.50%と変化。94年から99年の間の不平等の若干の高まりについて、可処分所得を対象に寄与率を取ると、失業シェアの増加が4.32%、グループ間格差の拡大が9.16%、グループ内格差の拡大が86.53%となり、特に失業グループ内の格差拡大の影響が大きい。
  • さらに、失業・非失業世帯を44歳以下と45歳以上に分けてみると、45歳以上では、失業シェアの増加に加え、グループ間格差自体の拡大がみられた。さらに、グループ内格差も拡大している。一方、44歳以下では、グループ間格差の拡大はみられず、グループ内格差は縮小した。失業者の生活を支えることを政策目的とする場合、失業者全体への一律の所得移転は非効率であり、生活困窮者にターゲットを絞った社会保障政策が必要。

コメント 失業と不平等の関係については、当ブログでは嘗て以下のようなエントリーを立て、90年代の格差拡大は失業の増加が主因であるとの仮説を立てた。

 ただし、(マクロの)失業の増加が勤労者世帯の世帯間格差に影響を与える経路は不明であり、明確な確証を得ることは出来なかった。*3この点について、本論文の最初に紹介されているStevens(1997), -(2001), Berry, Gottschalk and Wissoker(1998), Biewen(2001)等による欧米豪の分析の含意は、非常に示唆的。
 一方、本論文では、世帯主失業の増加が世帯間格差の拡大に与える影響は小さく、むしろ失業世帯におけるグループ内格差の拡大が全体の格差拡大に与える影響が大きいことを指摘している。そもそも、失業世帯の増加は、90年代後半においても0.71%ポイント程度である。このような小さなウェイトであれば、タイル指標は非失業世帯のグループ内格差に引き摺られるため、失業の増加やグループ間格差の影響は小さなものとなる。
 欧米豪の分析のようにパネルデータが使用されていれば、非失業世帯に含まれる嘗ての失業世帯の影響等も捉えることが出来る。本論文では、統計の限界から、そのような影響を分けて捉えることが出来ていない。

*1:失業による厚生ロスは、家計間のみえない失業保険や所得移転の可能性が含まれる厚生で図るべき。また、消費には、恒常所得・ライフサイクル仮説から、将来にわたる厚生ロスが反映される。

*2:タイル指標の対前期差は、①、②の増減要因と、それぞれのウェイト変化要因の和の3つの要因に分解することが可能。

*3:個人所得の格差であれば、因果関係は比較的明確である。