備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

岩田規久男「そもそも株式会社とは」

そもそも株式会社とは (ちくま新書)

そもそも株式会社とは (ちくま新書)

序章 会社はだれのものか

  • 株式会社とは、株主が経営者に株主の利益に沿って、会社を経営するように託した組織であるとの見方を「株主主権型企業」と呼ぶ。これに対し、伊丹敬之は、「従業員主権」(企業はそこにコミットして長期間働く人々のものであり、彼らが企業のメインの主権者であるとの見方)を主張。
  • 「交換の法則」(交換は交換する双方に利益があるから成立する)、「誘因の法則」(交換の利益が大きいほど、より良いモノやサービスが提供される)、「希少性の法則」(価格の高低は、需給バランスに依存して決まる)に基づいて評価すれば、「株主丸取り論」のような株主主権に対する誤解は生じない。*1

第1章 アメリカ型企業統治

  • 米国の80年代の企業買収は、賃下げと解雇とによる従業員から株主への富の再分配に過ぎず、信頼を損ない、資源を無駄にしたとの批判に対し、M・ジャンセンは、株主が買収により得た利益は、主として効率性の改善によるものであることをデータを用いて示す。一方、一国全体の雇用を守るのは政府の仕事。

第2章 日本企業の行動と日本型企業統治

  • 今井賢一小宮隆太郎の労働者管理型企業仮説によれば、日本の大企業は、利潤に一定比率を乗じた部分を株主に分配し、その残りの部分を「社員」に分配する。しかし、現実の労働分配率は、(米国の場合とは異なり)国民所得の対前年比と逆相関の動きを示しており、当該仮説の妥当性は低い。
  • 90年代半ば以降「モノ言う株主」が増えた原因は、90年代の株式収益率の長期にわたる大幅な悪化にある。

第3章 日本型企業統治の評価

  • M・ポーターによれば、国際的な市場で競争力を維持するには、物的資本だけではなく、目に見えない資本(研究開発、従業員の訓練、緊密な供給者との関係等)への投資が重要であるが、米国のシステムは、このような投資を過小にする。また、米国の経営の目的は株価上昇。一方、日本とドイツの株式保有構造は、持ち合い相手企業の長期的成長への関心を強める。また、日本企業の多角化は、緊密な関連のある分野への多角化に限定。
  • これに対し、C・ケスターの日本企業の見方は、フリー・キャッシュ・フロー理論に基づき、現金が豊富になるにつれて、その使い道に関して経営者の自由裁量の余地は拡大するというもの(バブル期の多角化、タテホ化学の例)。また、80年代に入ると、メインバンクの監視能力は大きく低下。

第4章 従業員主権論とその問題点

  • 伊丹は、企業統治の主権者の条件として、①企業にとって最も大切かつ希少な資源を提供、②その資源を長期にわたって提供し続ける意図を持つ、③その企業の事業の盛衰による大きなリスクを負担、の3つを挙げる。その上で、これら3つのいずれをみても、主権者としては、株主よりもコア従業員が相応しい。日本の企業統治は、従業員主権と言いながらそれが確立していないことに問題があるとし、会社のミドルを中心としたコア従業員による経営者の参考信任投票制度を提案。
  • 従業員主権論については、①コア従業員はプレイヤーであり、アンパイアを兼ねるべきではない、②株主は、将来の予想利益に基づく株価を基に売買していることから、その視野は長期である、③コア従業員の雇用安定と昇進機会への関心の強さと自己保身は、利益相反をもたらす、という問題が挙げられる。

第5章 株主主権とは何か

  • 株主価値を最大化する必要条件は、株主にもたらされる予想利益の現在価値がプラスであるような会社特殊的人的投資を全て実施すること。また、一定の条件が満たされれば、株価が最大になれば、企業価値も最大となる。
  • 経営者が株主の圧力に晒されると、株価を気にするあまり、会社特殊的人的投資といった短期的価値を生まない投資を控えるようになる。ポーターは、情報を持たない株主は、会社特殊的人的資本がどれだけ付加価値の増加に貢献するかを的確に評価できないと主張(情報非対称性の問題)。

第6章 株主主権型企業統治の問題点とその改革

  •  

コメント 近年、労働分配率の低下などを背景として、株主重視型経営への批判が聞かれるようになった。しかしながら、本書では、株主による経営の監視は、一定の条件の下で、企業価値の向上に有益であり、従業員の利益を保護する上では、むしろ外部の競争環境が確保していくことが必要であることを指摘する。また、情報の非対称性にともなう株主の過剰な割引率を公正なものとしていく上で、情報公開の重要性等が指摘される。これらの点については、当ブロクでこれまで主張してきた論点にも合致するものであり、極めて妥当と考える。さらに、企業活動の効率性を確保していくことの重要性を指摘するとともに、マクロの課題については政府の役割とされており、明確な政策割り当ての下に議論が展開される。
 なお、18頁の整理解雇の4要件については、現在は法令化されている。また、180頁のコア従業員の世代間対立の高まりという見方には、幾分皮相的なものを感じた。加えて、雇用流動化は、企業特殊的技能の勤続を通じた蓄積効果を弱めるとともに、企業の投資意欲も低下させることが考えられるが、この論点についての著者の見解が必ずしも明確ではない点には、若干の物足りなさを感じる。*2

*1:「株主丸取り論」のような状況を避けるためには、政府の競争政策が重要。

*2:この論点に関しては、年功序列型賃金には問題があるが、長期雇用は原則として維持すべきである、というのが当ブログでの「これまでの」主張である。