ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

アラン「幸福論」

幸福論 (岩波文庫)

幸福論 (岩波文庫)

アラン−完成された人間像

 アランという人物から思い浮かぶのは、完成された人間像のようなものである。彼にとって、人生とは、これから始めるものではなく、日々の日常そのものであるようだ。
 不幸とは、自分自身に生じているわけではないことについて、あれこれ想像することから生じるという。そして、その不幸からのがれる術として指摘されるのは、自らの思いの及ぶようなこと、例えば、体の調子に、その原因を帰してしまうことである。そうすることで、意志の力で、不幸を御すことが容易になる。自分自身の考えの及ばないことをあれこれ想像することは恐怖を生む。出来事を、自分の知っていることに帰してしまい(「ピン」を見つける)、自分の考えの及ばないことにはとらわれないことで、その恐怖を心の中から閉め出すことができるのだ。
 アランは、宿命的な世界観を否定する。「幸福を、一個の果物のように味わったり語っているあのにせモラリストたちの泥沼から、人間精神を引き出さねばならない」−−幸福は、「味わう」ものではなく、自分の意志で創り出すものでもあるのだ。ただ、安楽に生きることだけでは、退屈が生じる。「戦争のほんとうの原因が少数の人達の退屈にあることは間違いない」。人間は、ときに労苦の中に幸福を見いだすが、労苦の中から自分で創り出した幸福は、われわれの手から逃げていくことはない。
 あまりにも自分にとらわれることは、憂鬱をもたらす。自分にとらわれず、遠くをみることが大事だ。「過去や未来を考えている人間が、完全に幸福になることはありえない」、不安のうちに、自分の重みを背負うことは、どのような道をも険しくする。自分のことをあまり考えすぎてはいけない。

個別の論点をいくつか

  • 32 隣人に対する情念は、都市生活や分業の中での幸福とは何か、について考えさせる。ある人は、自分のことを嘆くことに慎みがなく、小さなことを大げさにいう人間と暮らすことの難しさを語り、またある人は、自分のために地下でつるはしをふるう工夫のことなど考えないくせに、目の前の人間には気前よくチップを渡す金利生活者など、全然知らない人間と暮らすことの折り合いにくさを語る。さらにもう1人の人間が、あまりよく知らない人と暮らすことは、誰もが慎みのある言葉や動作をとるため、よいことだという。社会の平和は、大きすぎも小さすぎもしない隣人の結びつきによって生まれるのだ。
  • 52 旅行は、旅の味わい方を指南する。「風景のもつほんとうの豊かさは、その細部のなかにある」。アランは、自分の好きな旅は、一度に1メートルか2メートルしか行かないような旅だという。立ち止まっては、また改めて、同じものを違う角度から眺めるような旅。これは、グザヴィエ・ド・メーストルの「室内旅行」にも相通じるものがある。

幸福がゼロ・サムである可能性はないのか

 アランは、幸福になることは不幸になることよりも難しく、「人から愛されるのは、幸福な人間だけだ」という。この考えの根底にあるのは、幸福の源は、自らの属する社会の中で、自らと文脈を同じくする者との日常の中にあるということではないか。一方、社会の「外」から自らを眺望する視点をもつことや、自らと同じ文脈をもたない「他者」の存在は、この幸福観に一撃を加える。果たして、我々はこのような「他者」と共存して生きていくことは可能なのか。
 別に、自由主義国家と原理主義国家の共存の可能性を論じたいわけではない。こうした「他者」の存在は、日常の中のちょっとしたきっかけで、その存在に気づくこともあるのだ。
 いや、それだけではない。仮に自らと文脈を同じくする者との間の中にあっても、幸福がゼロ・サム的なものになる状況は、往々にして生じるのではないか。アラン・ド・ボトンは、周囲との相対的な比較を通じて不幸がもたらされる可能性(ステイタスの不安)を論じている。経済学では、自分の属する所得階層にふさわしい消費水準を維持しようとする傾向を、消費の「デモンストレーション効果」とよんでいる。こうした人間の傾向は、社会の中での自分の地位というものを過剰に意識する人間の本性を表しているのではないだろうか。とすると、人間は、自分の地位を維持し、あるいは高めるために、他人を追い落とそうとすることもあるだろう。この状況は、幸福がゼロ・サムであることを示すものだ。
 ただ、そのゼロ・サムの状況は、社会のおかれた環境、その中の「仕組み」*1によって、その度合いは大きく変わり得るものであるような気もする。アランのいう「大きすぎも小さすぎもしない隣人の結びつき」という言葉には、自分の理解を超えたもっと深い意味があるのかも知れない。
・・・・・・・・・・
 本書は、幸福について、体系的に論じたものではない。また、体系的に論じたものではないだけに、ところどころに、気を引くフレーズ、幸福に至るためのヒントがちりばめられている。つらいとき、物事がうまく運ばないときは、アランの日常生活を想像し、それをまねてみるというのもいいかもしれない。

*1:もっと気の利いた言葉がありそう。