備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

NAIRUの推計−結果は3.62〜3.76%

NAIRUについて

 11/05/07付けエントリーでは、以下のように記述した。

 これらの事実が示しているのは、日本の所得格差の拡大は、完全失業率の悪化との関連性が深く、これらの指標の間には強い相関関係が表れるということである。また、この間の完全失業率の悪化は、労働者の技能と企業が求める技能に違いがあることなどによって生じる構造的失業が急激に拡大したことに伴って生じたものではなく、あくまで、労働需要の縮小に伴うものであることが、過去の研究によって示されている。

 ここで言う構造的失業(率)は、概ね自然失業率に相当するものを想定しており、具体的には、「インフレを加速させない失業率」Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment(NAIRU)ないし、UV分析に基づく「均衡失業率」を意図している。これらの推計値は、特に前者のあてはまりが悪く、推計値は幅を持って解釈すべきものと指摘される場合が多い。
 とはいえ、id:svnseedさんが紹介しているgretlを入手したことでもあるので、日本のNAIRUについて、試みに推計してみたい。
 NAIRUは、一般に、期待修正フィリップス・カーブ

π(t)=E[π(t+1)]-a・(U(t)-UN)+b・SH(t) …(A) π:インフレ率 U:完全失業率 UN:NAIRU SH:供給ショック

により推計する。ここで、期待インフレ率 E[π(t+1)]は計測できないため、適応的期待に基づき、インフレ率のラグ値とすることが多い。(A)式では、インフレ率と完全失業率の関係は線形となるが、これを非線形にした

π(t)=E[π(t+1)]-a・(U(t)-UN)/U(t)+b・SH(t) …(B)

によって推計されることもある。
 また、NAIRUには、観測期間中に変動しないものとして推計される固定NAIRU、及び変動を認めて推計される可変NAIRUの2つのパターンがある。
 では、具体的に、日本のフィリップス・カーブの形状をみることにする。

 これをみる限り、インフレ率と完全失業率のプロットは、非線形の形状を示している。また、驚くべきことに、1970年代半ば以降、フィリップス・カーブは非常に安定しており、構造変化は生じていないようにみえる。*1ここでは、安定的な形状を示している1975年以降のデータにより、NAIRUを推計する。

固定NAIRUの推計

 まずは、固定NAIRUからみていく。最初に、

π(t)=C1+C2・π(t-1)+C3・[1/U(t)]+C4・SH(t)…(C)

を、最小2乗法(コクラン・オーカット法)によって推定する。具体的なデータは、π:消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の前年同月比、SH:輸入物価指数/国内卸売物価指数の前年同月比を用いている。π及びSHについては、より高次のラグを説明変数に加える場合もあるが、最小2乗法のあてはまりの良さを考慮し、高次のラグは加えていない。
 推計結果は、以下のようになる。

 C2=0.941と1に近くなるため、π(t-1)を期待インフレ率とみなす。(B)式と(C)式から、UNが観測期間中に変化しないとすれば、UN=C3/(-C1)=3.69となる。

可変NAIRUの推計

 次に、可変NAIRUを推計する。(B)式を次のように変形する(ただし、期待インフレ率はπ(t-1))。

UN/U(t)+b・SH(t)/a=π(t)/a-π(t-1)/a+1…(B')

 (B')の左辺は、成長成分と循環成分の和とみなせる。また、(B')の右辺には、実際のデータと(C)の推定値から、具体的な数値を当てはめることができる。この数値をHPフィルターに通し、抽出された成長成分とU(t)から、可変NAIRUが推計される。
 推計された可変NAIRUは、下のようになる。

 ご覧のように、観測期間中に上下2%の範囲で大きく変動しており、これを構造的失業率とみなすには、些か無理があるようにも思われる。なお、1980年以降の期中平均値は3.76である。
 なお、HPフィルターを用いた推計では、aの値を観測期間中に固定するという強い仮定がおかれるため、一般には、状態空間モデル(カルマン・フィルター)が使用される場合が多い。*2

 結論は・・・NAIRUって、日本の場合、推計するのにちょっと無理があるんでないの???、ということである...orz

(02/27付け追記)数式の誤りと、最小2乗推計の数値の転記ミスを修正。インフレ率について、1989年及び1997年の消費税制の変更の効果をあらかじめ除去したインフレ率により、改めてNAIRUの推計を行うと、固定NAIRU=3.62、可変NAIRU(1980年以降の期中平均値)=3.70と、若干ながら低下する。

(参考)

*1:つまり、このフィリップス・カーブの形状は、「自然失業率仮説」よりも、アカロフらの指摘する長期に非線形なフィリップス・カーブが適合する可能性を示唆している。

*2:gretlでは、カルマン・フィルターは、自分がみた限り実装されていないようである。