備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

山田洋次監督「故郷」

故郷 [DVD]

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リアルな労働描写

 1972年。故郷の島で小型船による石の運搬を営む父(井川比佐志)、母(倍賞智恵子)、女子2人、祖父(笠智衆)の家族と親族、故郷の人々の物語。前回みた「幸せの黄色いハンカチ」とは大きく異なり、この映画では、リアルな労働描写があり、セミ・ドキュメンタリー的な作りとなっている。魚の行商をする「松下さん」(渥美清)が、一種のトリック・スター的にこの家族と関わるところが、この映画に「救い」のようなものをもたらしている。*1
 船長として石の運搬を行う井川の仕事は、「時代の流れ」「大きなもの」に逆らうことができず、エンジンの故障を契機に、彼は仕事を辞める決心をする。大量の労働力を必要とする船のドックで、臨時工として日額2,400円の日給月給制で働くことを現代的な視点からみて「よい仕事」だと評価することはできないだろうが、船長を続けるよりは給金がよく、仕事も楽だ。だが、船長としての尊厳・矜持は失うことになるだろうし、何よりも、島での生活ができない。時代の流れとともに、故郷での稠密で互恵的な人間関係が失われ、この島も、いずれ工業化・都市化が進むであろうことが、渥美の口から(「やだねえ」という言葉とともに)語られる。
 2人の女子のうち、父母とともに船に乗る下の子(2〜3歳くらいか)は現代的である一方、祖父とともに島に残り小学校に通う上の子は故郷を愛している。この上の子の世代が、島の伝統を受け継ぐ最後の世代になるであろうことが最後に示唆されているようである。加藤登紀子が唄う主題歌は印象に残る。

高度経済成長に対するアン・ビバレントな感情

 この島が日本一よい場所だということが、渥美と笠との会話の中で語られている。*2渥美が、皆がどうして島を出るのかと叙情的に問うのに対し、笠は、都会の方が給金がええからだと淡々と答える。(この2人の会話は、他にも何度か出てくる。)笠の会話に感じられる時代から超然とした態度は、かつての船長としての矜持を示しているようにも思える。渥美の言葉が「情」を持って語られるのに対し、笠の言葉はあくまで理性的だ。
 島の生活が「幸福」なものであれば、それに哀愁を思う人々は、高度経済成長に対してアン・ビバレントな感情を持つようになるだろう。その2つの感情の違いは、2人の女子の間の違い(あるいは、井川とその弟(前田吟)との違い)にも通底する。

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 山田洋次には、この2年前に作られた「家族」という映画があるが、Wikipediaのシナリオを読んで、この映画のストーリーに強い関心を持った。そのうち映ることにしよう。

*1:ちなみに、切通理作は、この家族が営む石の運搬という労働の「無意味」性に注目している。

*2:田舎の互恵的な生活には、よい面もあるが必ずしもそれだけではない。この映画では、そうした負の側面は隠されており、自然と温情的な人間関係の側面だけが、渥美の口から「明るく」語られている。