ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

労働生産性、労働分配率と生活水準に関する考察(1)

 ちょっと前になるが、賃金上昇率と物価上昇率の関係が話題になった。日本経済は、1970年代に記録的なインフレを経験したが、その当時の賃金上昇率はそれ以上に大きかった。その一方、マイナスの物価上昇率が続いた1990年代後半以降、賃金上昇率はマイナスとなっている。1970年代のインフレ期の方が、賃金上昇率−物価上昇率、つまり貨幣購買力を加味した実質的な賃金上昇率は高かったことから、この時代の方が1990年代後半以降よりも国民の幸福度は高かった可能性が高いということである。

 今回の分析では、実質賃金増減率は1970年代以降どのような要因で変動したのかを探る。

モデル

 Y:産出量、L:労働投入量(就業者数)w*(=W*/L):1人当たり(実質)賃金とすると、1人当たり賃金は、
 w*=[W*/Y]・[Y/L]
 つまり、労働分配率労働生産性(1人当たり産出量)を乗じたものに等しくなる。実質賃金は、名目賃金と物価指数によってw/pと表される。このため、実質賃金の(対数)増減率は、
 dot(w)-dot(p)=dot(W*/Y)+dot(Y/L)
と表され、実質賃金増減率は労働分配率労働生産性それぞれの増減率の合計に一致する。また、労働分配率労働生産性の推移をみることで、実質賃金増減率の変化がどの要因から影響を受けているかをみることもできる。

分析結果

 実際に、労働分配率労働生産性の推移をみる。ここで、労働分配率とは国民所得(要素価格表示)に占める雇用者報酬の割合、労働生産性とは実質国内総生産を就業者数で除したものである。

 労働生産性は1970年以降継続して上昇しているが、1990年頃から伸びは鈍化している。1990年代の労働生産性の屈折要因については諸説あるが、例えば、全要素生産性(TFP)の低下に求める説などが有名である。*1
 一方、労働分配率は1970年代前半に大きく上昇し、その後は横ばい状態にあったが、1990年代半ば頃からしだいに上昇を始める。2002年以降の景気回復期は一転して低下し、現在は1990年代前半頃と同じ水準である。労働分配率は景気回復期に低下し景気後退期に上昇する傾向があるほか、就業者に占める雇用者の割合が高まるに応じて高まるため、長期的にみても上昇している。
 次に、これらの増減率とその和(以下「(実質賃金増減率の)想定値」という)の推移をみる。

 実質賃金増減率の想定値は1970年代前半に大きく低下し、1970年代半ばから1990年代半ばにかけて大きく変動を繰り返しつつも、その間概ね横ばいである。しかし、賃金引上げの原動力である労働生産性は、1990年代にはほとんど伸びがみられなくなり、想定値の上昇はほぼ労働分配率の上昇で説明できる。さらに、2002年以降は、労働生産性は上昇しているが、労働分配率の低下によって想定値はゼロ近傍で推移している。
 なお、下のグラフはこの想定値と実際の実質賃金(1人当たり雇用者報酬)増減率をみたものである。

 これらのグラフから、1998年に実質賃金増減率の段差が生じており、その後その伸びはゼロ近傍となったことがわかるが、同じことは、毎月勤労統計でみた所定内給与と消費者物価(コア)との関係にもみられる。

 このグラフには、消費税の税率改正の影響が含まれており、それを加味して考えれば、1998年にトレンド的な関係に変化が生じていることがわかる。

まとめ

 以上から、実質賃金増減率は1970年代と比較して現代では明らかに低くなっているといえる。その主な要因は労働生産性の伸びの鈍化であるが、2002年以降の景気回復期に限れば、労働分配率の低下によってそれが引き起こされている。しかしながらその低下は、1990年代に過剰に高まった労働分配率を引き下げるための過程であると解釈することも可能かも知れない。直近の2006年時点では、労働生産性に加えて労働分配率も上昇に転じており、この傾向が継続することで生活水準の向上にもつながることが期待できる。
 ただし、実質賃金の増減率はあくまで生活水準の方向性を示すものである。幸福度を考える場合には、賃金の絶対水準や、下のエントリーにあるように、格差意識や社会の公平感にも影響されるものであることに留意が必要である。

 次回は、これらのうち労働生産性の変動について、既存研究のサーベイを含めより詳細にみていくことにする。


(注)07/07付け改題しました。

*1:例えば、浜田宏一、堀内昭義「論争 日本の経済危機」などを参照。この点は、生産関数アプローチにより次回以降確認する予定。