ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

労働生産性、労働分配率と生活水準に関する考察(3)

(過去のエントリー)

 承前。

 前回は、実質賃金を決定する原動力である労働分配率を、生産関数アプローチによって分析したが、その結果を簡潔に整理すると次のようになる。

  • 1970年代と比較して労働生産性が伸びなくなったことの主因は、経済成長に占める資本の寄与が縮小したことにある。資本の寄与は、サービス経済化の進展など経済の成熟とともに長期的に低下した。また、デフレ・長期不況下では、実質利子率の高止まりが投資を抑制したと考えられる。
  • 長期不況下においてTFPの寄与がマイナスとなっている。ただし、計測されたTFPは総需要の減少によって低下することも考えられ、「古典派」的な前提に頼り、これを産業構造調整の不良によるものと解釈することが妥当かどうかは現時点で結論づけることはできない。
  • 労働の寄与には、景気後退期に労働投入の削減によって労働生産性の拡大が図られる傾向がみられる。ただし、労働生産性増減率に対する寄与は、他の2つの要因と比べて大きなものではない。

 なお、労働生産性を高めるためには設備投資を促進し資本の寄与を高めることが必要であり、我が国産業構造の中での製造業のウェイトが高まることによってそれを実現することも考えられる。しかしながら、前回のまとめで指摘したように、製造業の国内生産シェアが低下しサービス産業のそれが上昇を続けるのは、先進国に共通してみられる現象である。今後は、途上国の経済が成熟し農業から製造業へと産業構造のウェイトが移っていくことが考えられ、国際分業の進展によって、今後も我が国サービス産業のシェアは高まることが考えられる。こうした中で、ものづくり産業への政策的な投資促進を進めることは、将来の我が国産業構造に歪みをもたらす可能性がある。労働生産性を向上させる上では、産業内での生産性向上という視点がより重要であろう。

三面等価

 今回は、実質賃金を決めるもうひとつの要因である労働分配率について考える。実質賃金の増減率が労働生産性労働分配率の2つの要素にわけられることは前々回に指摘した。生産活動によって財・サービスが作られ、それに対し支出されることで付加価値が生まれる。さらに、付加価値が労働者に分配されることで賃金水準が決定される。このように経済は、生産、支出、分配の3つの側面から捉えることができるが、これを国民経済の視点から鳥瞰すると、生産=支出=分配という三面等価の原理が成立する。
 前回のエントリーが資本、労働、知識の投入により付加価値を生み出す生産活動についての分析であるとすれば、今回は生み出された付加価値の分配という側面からの分析である。
 なお、この三面等価の原理のもとに推計されている国民経済計算(SNA)関連指標の相互の関係については、下の資料がわかりやすい。

財産所得と企業所得の動向

 労働分配率については、1990年代に大きく上昇し、2002年以降の景気回復期は低下している。

 その背景を探るために、国民所得に占める他の項目である財産所得(非企業部門)と企業所得の割合の推移をみることとする。なお、財産所得(非企業部門)は、家計が受け取る利子、配当金等がその多くを占めている。

 1990年代始め頃までをみると、財産所得と企業所得の間には一方が拡大すると一方は縮小する関係がみられるが、1990年代半ばからその傾向が変化し、財産所得は長期的に縮小している。財産所得が縮小した主たる理由は、家計の利子所得の減少である。
 一方、企業所得は1990年代始めに大きく低下した後、その後しばらくは安定して推移している。つまり、1990年代の労働分配率の上昇は、マクロ的にみれば、企業所得の減少よりもむしろ家計の利子所得の減少に多くを負っている。企業所得は、さらに1998年頃から拡大を始め、現在は1980年代と同程度の水準となっている。この要因としては、デフレ下における不確実性の高まりにより、企業が利益の多くを内部留保とし、各種の積立金を積み上げたことが考えられる。企業規模別の労働分配率では、近年、特に大企業で大きく低下しており、企業所得の高まりも、大企業の分配原理の変化によると考えるのが自然であろう。

 家計の利子所得は、最近も減少を続けている。財産所得の足許の高まりは、家計の配当収入の構成が2004年頃から大きく高まったことによるものである。

(追記)

 労働分配率の増減理由について、最初のグラフを要因分解したものを下に掲載する。これをみると、上に述べたことがより明確にわかるだろう。


まとめ

 以上を整理すると、労働分配率の1990年代の上昇は家計の利子所得の縮小に多くを負っており、2002年以降の低下は企業所得の拡大によるものであるといえる。また、最近では、配当金の増加から家計の財産所得にも高まりがみられる。ただし、企業所得の構成は足許では縮小しており、今後は概ね安定して推移するものと推察される。一方、財産所得については、金利動向や企業の利益志向によって、今後の動きは左右されると考えられる。
 企業所得の高まりが設備投資を通じて産出量を拡大させるのであれば、それは生活水準の改善にも寄与することになる。しかしながら、1998年以降は産出量に対する資本の寄与は小幅に止まっており、企業所得の拡大が国民経済を改善することにはつながっていない。また、賃金の伸び悩みは消費の停滞をもたらしており、有効な需要を創り出すことができなければ、内需の拡大を通じ産出量を拡大させることは期待できない。つまり、この間の労働分配率の低下は、マクロ経済的な観点からみれば問題があったといえるのではないか。
 次回は、国民経済の支出面と、貯蓄・投資バランスについて考える予定。