ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

川本卓司、笛木琢治「景気循環要因を取り除いた生産性の計測 ―2000年以降の上昇とその背景、分配面への影響―」(日銀レビュー)

 生産関数を用いた生産性の計測は「労働生産性、労働分配率と生活水準に関する考察(2)」で行ったが、04/17付けの上記日銀レビューをこの関連で紹介する。

TFP成長率の計測

 まず、全要素生産性(TFP)成長率の計測について。TFP成長率は、先日のエントリーにあるように、コブ・ダグラス関数を用いた生産関数アプローチによって計測するのが一般的である。しかしながら、計測されるTFP成長率は、景気循環と極めて高い相関を持つことが知られている。その理由としては、(1)生産要素の稼働率変動を反映している可能性のほかに、(2)規模の経済(収穫逓増)を反映している可能性、が指摘されている。収穫逓増による生産効率の上昇は景気後退により剥落する可能性があり、生産効率を永久的に向上させる技術進歩とは峻別する必要がある。
 そこで、この論文では、これらの効果を除去したTFP成長率を「技術進歩率」とし、次のような手法によって計測している。
 まず、資本と労働の稼働率について、

  • 生産過程で使われる原材料・部品等の中間投入は、使用される分は100%稼働するという性質を持ち得ることから、中間投入量の伸びが資本投入量(資本ストック×資本稼働率)の伸びに等しい
  • 労働稼働率は、残業時間と比例的に変動する(企業は、残業代支払いを節約するため、残業時間とともに労働密度も引き上げるはず)

 という仮定をおくことでこれらの稼働率の代理変数を計測する。その上で、規模の経済を考慮した生産関数を産業別に推計し、産業別の技術進歩率を次のように計測している。
 dot(Ai)=dot(Yi)-γi[a・dot(Ki)+(1-a)・dot(Li)] …(1)
 記号の意味は、先日のエントリーの(4)式と同じであるが、i:産業を表すインデックス、γ:規模の経済を表すパラメーター(γ=1の時、収穫一定)とし、K, Lはそれぞれ、稼働率調整後の資本、労働としている。*1
 計測された技術進歩率は、一般的なTFPに比べ、景気循環との連動性が小さくより安定的な推移を示している。また、下のグラフのように、一般的なTFPは1990年代に落ち込むが、計測された技術進歩率は伸びこそ鈍化すれこの間も緩やかに上昇していることがわかる。

 また、産業別の技術進歩率を5年ごとにみたのが下の表である。

 製造業の技術進歩率は2000年代に入り加速しており、非製造業の技術進歩率は製造業に比べ一貫して低い伸びに止まるものの、2000年代には伸びを高めている。非製造業の技術進歩率を産業別にみると、全ての業種で一様に低迷しているわけではなく、卸・小売業は押し上げに寄与する一方、建設業、サービス業は低下方向に寄与している。この論文では、その理由を規制緩和とIT利用の進展の度合いが違うことに求めており、卸・小売業では大店法規制緩和等によってそれが著しく進む一方、建設業や、サービス業の中でその構成を高めている医療・介護分野では、公的な関与が大きいことを指摘する。

分配面からみた技術進歩率

 この論文では、さらに技術進歩によって実現された「果実」がどこに向かったのかを分配面から探っている。産業ごとの名目付加価値は、下式のように資本と労働に分配される。
 Pi・Yi=wi・Li+Ri・Ki …(2)
ただし、Pi:付加価値デフレーター、wi:名目賃金(時間当たり)、Ri:資本コスト(資本1単位当たりの利払い費、固定資本減耗、利潤)とする。(2)式の両辺を対数値とし、時間微分をとると、
 dPi/Pi-dYi/Yi=[1/(Pi・Yi)]・[dwi・Li+wi・dLi+dRi・Ki+Ri・dKi]=(1-a)・[dwi/wi+dLi/Li]+a・[dRi/Ri+dKi/Ki] …(3)
 ここで、(1)式と(3)式より、技術進歩率の配分を示す下式が導かれる。*2
 dot(Ai)=-dot(Pi)+(1-a)・dot(Wi)+a・dot(Ri~) …(4)
ただし、a・dot(Ri~)には、資本コストへの配分のほかに規模の経済と稼働率変動に伴う調整項が含まれている。これを示したのが、下のグラフである。

 技術進歩は、その多くが物価の下落を通じ国内の購買者にメリットを与えている。また、外需デフレーターの下落(交易条件の悪化)は、我が国が生産する財の輸出価格が輸入価格よりも相対的に下落していることを意味しているが、これを通じて国外の購買者もメリットを享受していることがわかる。
 その一方、技術進歩は賃金上昇にほとんどつながっておらず、企業収益を向上させる効果も限定的である。産業別にみると、技術進歩と収益性の間には明確な正の相関がみられず、技術進歩率の高い産業が高い利益を実現しているとは限らないことがわかる。

まとめ(感想)

 以上、川本・笛木論文をみてきたが、この論文では、より純粋な技術進歩率が計測できるよう検討が進められているとともに、その分配の構造をみている。ただし、同論文で推計された技術進歩率にも景気循環との相関関係があることには留意が必要である。また、同論文では、非製造業の技術進歩率が低いことの理由を規制緩和とIT利用の進展の度合いだけで説明しているが、それ以外の理由が関わっている可能性を考える余地もある。
 技術進歩の「果実」を分配の側面からみたとき、国内だけではなく国外の購買者にも高いメリットを与えているとの指摘は重要である。近年はさらに交易条件は悪化しており、輸入物価の上昇を輸出物価に転嫁することができないため、国内での所得形成が十分になされないことが懸念されている。技術進歩の「果実」の多くが海外に移転され、その結果、企業収益が低迷し、資本への投資や家計への分配が十分になされないとすれば、それがさらにデフレ圧力として働くことにもなる。
 技術進歩が国民生活の改善につながっていないことは大きな懸念材料である。このような構造を変えていくためには、技術進歩の「果実」を国内・国外の購買者だけではなく、賃金の上昇や企業の利益へとふり向けることを可能にしていくことが必要である。そのためには、国内のデフレ傾向を払拭し、ある程度物価が高まることを甘受しつつも、企業の経営環境と雇用情勢を改善させていくことが望まれるのではないだろうか。

*1:論文では、a:労働分配率としているが、ここではエントリー間の記法の整合性をとるため、(1-a):労働分配率としている。

*2:ただし、dot(x)≒dx/x。