ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

労働生産性、労働分配率と生活水準に関する考察(4)

(過去のエントリー)

 承前。

 これまで、労働生産性(就業者1人当たりの国内総生産)の変動要因を供給側から分析し、また、労働分配率の近年の変動についてみてきた。前者については、前回のエントリーにおいて整理した。後者についての結論は、次のように整理される。

  • 労働分配率の1990年代の上昇は家計の利子所得の縮小に負うものである。また、労働分配率の2002年以降の低下は企業所得の拡大の要因が大きい。
  • 最近では、配当金の増加から財産所得にも高まりがみられる。

 これらをまとめると、2002年以降の労働分配率の低下を1990年代の労働分配率の上昇の反動とみることはできない。1990年代には労働分配率は上昇しているものの、同時に金融機関に対する利払い費も縮小し、家計の利子所得は低下している。一方、2002年以降の労働分配率の低下局面では、企業の内部留保や配当金等の割合が拡大している。これらは、デフレ下における不確実性の高まりや経営のグローバル化によって、大企業を中心に利益率を高める取り組みが進んだことによるものと指摘できる。

需要面からみた国内総生産

 本エントリーでは、国内総生産の変動要因を需要側から考える。支出面からみた国内総生産(Y)は、消費(C)、投資(I)、輸出(X)、輸入(M)に関する下式によって表される。

Y=C+I+(X-M) … (1)

ただし、(X-M)は純輸出を表す。この(1)式を用いて、実質経済成長率(実質国内総生産の対前年増減率)に対する各項目の寄与率をみたのが、下のグラフである。

 消費および投資は、景気循環に応じて大きく変動している。消費は、経済成長に対する寄与を次第に弱めつつあり、2002年以降の景気回復期においてもそれほど大きく拡大していない。また、投資は、消費以上に景気循環に応じた変動の幅が大きい。1990年以降はマイナスとなる年が目立っており、長期不況・デフレ下において企業の投資意欲は減退している。
 一方、純輸出は、今回の景気回復期において経済成長に対する寄与を大きく高めている。

 このように、経済成長に対する純輸出の役割は近年大きなものとなっているが、(1)式に基づき国内総生産に対する割合をみると次のようになる。

 純輸出の割合は、1980年代前半までの間に大きく高まったが、それ以後1990年代半ばにかけて次第に低下している。その間、経済成長率自体は大きく変動しているが、構成面からみれば、内需の割合が高まったことがわかる。また、2003年以降は実質でみた純輸出の構成がより大きく拡大している。これは、輸入デフレーターが上昇したことによるものである。実質では、純輸出の割合は1980年代のそれを超えており、近年の景気回復過程における外需の要因がいかに大きかったかが伺えるものとなっている。
 次に、国内総生産は消費(C)と貯蓄(S)の合算、

Y=C+S … (2)

であるから、(1)式と(2)式より、

S-I=(X-M) … (3)

つまり、貯蓄・投資差額は純輸出に等しくなることがわかる。*1直前のグラフには、純輸出の割合にあわせて貯蓄・投資差額(名目)の割合を掲載しているが、実際に、名目純輸出の割合と概ね一致している。

制度部門別貯蓄・投資差額の変化

 このように、貯蓄・投資差額と純輸出の(名目)国内総生産に占める割合は、傾向としては、1980年代半ば以降低下したが、1990年代半ば以降は上昇に転じている。この貯蓄・投資差額は、SNA統計から制度部門(非金融法人企業、金融機関、一般政府、家計、対家計民間非営利団体)別にみることができる。下のグラフでは、非金融法人企業と家計のそれを取り上げている。

 家計では、貯蓄・投資差額の割合は1990年代以降傾向的に低下しているが、これは主として貯蓄の低下によるものである。家計貯蓄率はこのところ低下傾向にあるが、高齢化が進行していることもその背景の一つとして考えられる。

 一方、非金融法人企業では、従来は貯蓄・投資差額はマイナスであったが、1990年代以降マイナス幅が縮小し、2002年以降は継続してプラスである。この動きは、国民所得に占める企業所得の拡大とも関係していると考えられ、近年の労働分配率の低下の要因となっていることが考えられる。企業部門の貯蓄・投資差額の拡大は、1990年代以降投資のマイナス寄与が大きく縮小するとともに、貯蓄を拡大させる傾向が強まったことによる。その背景には、上述の通り、長期不況・デフレ下において企業の投資意欲が減退し、不確実性の高まりから内部留保を高める傾向を強めたことがあると考えられる。同時にその傾向は、マクロ経済のバランスを通じて、近年の景気回復過程における純輸出の役割を高めたことの背景にあると考えられる。


まとめ

 これまでの議論を整理しよう。経済成長率を需要面からみると、近年内需の役割が大きく低下しており、純輸出がその寄与を高めている。このような経済成長の姿は、必ずしもバランスのよいものとはいえない。経済成長の「果実」が家計にもおよび、その結果、内需の拡大を通じて経済が成長するのが望ましい成長の姿である。
 純輸出が主導する現在の経済成長の背後には、家計の貯蓄率が低下する中で、企業部門が富を内部に蓄積させる傾向を強めたことが働いている。このような傾向は、長期不況・デフレという経済環境の中で強まったものであるが、近年の景気回復過程においても変わることなく継続している。その結果、労働分配率の過度の低下をもたらし、国民生活の向上につながる実質賃金の上昇を困難にしている。
 国民生活の向上という観点から考えると、企業の貯蓄傾向が改まり投資が促進される傾向が強まることが望しい。しかしながら、企業が果敢にリスクをとることができるようにするためには、依然としてデフレが続く日本のマクロ経済環境を政策的に変えていくことが必要となる。つまり、日本経済が「リスクに立ち向かう」ためには、企業だけにそれを期待することだけでは不可能*2なのである。現下の情勢は、国内需要の高まりが価格を押し上げるディマンド・プル型のインフレではなく、むしろ輸入価格の上昇によって消費者物価が高まり、国内需要を縮小させる可能性が高くなっている。
 持続的でバランスのとれた経済成長を実現するためには、マクロ経済政策の役割は重要である。特に、経済主体の期待に働きかける金融政策は、その役割を十分に果たしているとはいえない。現在のようなマクロのインバランスを変えるためには、大胆な政策的取り組みが必要であるといえよう。

*1:貯蓄と投資には、政府部門を含めて考える。また、実際には、(2)式のYは国内純生産(国内総生産−固定資本減耗)であり、(3)式のIは総固定資本形成・在庫品増加から固定資本減耗を控除した純資本形成を用いる。

*2:このコメントは、いうまでもなく、今年の経済財政白書の副題を意識している(http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je08/08p00000.html)。