ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

ダロン・アセモグル「技術と不平等」(NBER Research Summary)

(12/24/08付け追記)

 本文については、すべて翻訳が終了しました。ただし、文章はあまりこなれたものとはなっておりません。誤訳、文章の適正化などに関して、識者のコメントを期待しております。また、解題のようなものを執筆しましたので、あわせてご覧いただけたら幸いです。

(10/03/15付け追記)
 コメント欄での指摘を受け、用語を修正しました。

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技術と不平等

ダロン・アセモグル


多くのOECD諸国では、過去数十年の間に、賃金の急激な上昇と所得格差の拡大を経験した。例えば、米国では、the college premium─高校卒業者の賃金に対する大学卒業者の賃金の比─は、1979年から1995年の間に、25%以上上昇した。全体的な賃金格差も急騰した:1975年において、賃金分布の90%値にある労働者[賃金の第9十分位数にあたる労働者]は、10%値にある労働者[第10十分位数値にあたる労働者]よりも266%多く収入を得ていた。1995年までに、その値は366%まで上昇した。新しい技術─特に、コンピューター、コンピューターに支援された機械設備、ロボット工学、そして、通信技術の向上─は、これらの変化に関係があるのだろうか?あるいは、もっと一般的に、労働市場において、技術革新[technical change]の含意するものは何か。

エコノミストのうちの幾人かは、最低賃金の実質的な低下、労働組合組織率の低下、グローバリゼーションを含むいくつかの要因が何らかの役割をになうにしても、米国の賃金構造の変化における主たる要因は技術にあると信じている。このコンセンサスは、技術と技能相互の補完性という発想:技術革新はより技能の高い(高学歴の)労働者を好むため、かつて低技能労働者が担っていた職務に替わり、高い技能に対する需要が増加する、の上に打ち立てられたものである。結果として、多くのコメンテイターは、技術革新と、米国経済で起きている賃金分布の急激なシフトとの間に、率直に偶然の関係因果関係をみている。

そのコンセンサスは今では広くみられるものであるが、技術の向上がより技能の高い労働者を好むとの考えは、20世紀の現象である。19世紀の英国では、ラダイット運動やCaptain swing riotsの間に、ものづくり職人が、新しい機械が彼らの技能を余計なものにするとの確信から、機織り、紡績、脱穀機を打ち壊した。彼らは正しかった:ものづくり職人の職場は、工場、そしてのちに交換可能部品互換性部品や組立ラインに替わった。かつて、ものづくり職人によって作られていた製品は、工場で比較的低技能の労働者によって生産されるようになり、かつての多くの複雑な職務は単純化され、技能労働者に対する需要は削減された。

19世紀における主要な技術的進歩である交換可能部品互換性部品は、事実、「技能を代替する」(低技能偏向的である)ことを意図していた。交換可能部品互換性部品のパイオニアであるEli Whitneyは、この技術の目的を「長期の訓練と経験によってのみ獲得することのできる名人芸;この国ではこれ以上保有することができない技能の一種を、正確で効率的な機械の操作に置き換えること」であると表現している。

また、技術革新がつねに、どこでも技能偏向的であることを強いるような理論的な理由があるわけでもない。それどころか、置き換えられる技能労働者がより収益性が高いのであれば、新しい技術は、交換可能部品互換性部品がそうであったように、技能労働者を置き換えようと試みるだろう。もっとも技術偏向的であるとされる技術進歩であるマイクロチップでさえ、高技能労働者を補完するパーソナル・コンピューターと同じくらい効果的に、低技能労働者を補完するスキャナーにおいて使用することができる。

近年の研究では、技能偏向の起源と、新しい技術が多かれ少なかれ技能偏向であるための条件について、検討・分析している。この論文では、これら近年の研究と、それらが最近の不平等の拡大をどのように明らかにしているかをサーベイする。また、技術と貿易、技術と生産組織の変化とのつながり、技術革新と労働市場慣行との相互関係、不平等の傾向についての各国の違いに潜んでいる理由、について簡単に論じたい。

技術と最近の賃金格差の変化

エコノミストの間には、米国およびOECD諸国における過去60年間、あるいは100年間にかけての技術革新は技能偏向的であったことについて、一般的な見解の一致がある。なぜなら、過去60年間に、より多くの教育を受けた労働者の大きな増加がみられ、その上、教育から得られる利益も伸びているためである。技能偏向的な技術革新がない下では、高技能労働者の供給が大きく増加すると、経済が右下がりの需要曲線に沿って移動することにより──言いかえると、生産過程において低技能労働者が高技能労働者におき換わることや、消費者が労働集約的な商品から技能集約的に生産される商品にのり換えることにより、技能に対するプレミアムは圧迫される。こうしたことは生じていないことから、高技能労働に対する相対的な需要は増加していなければならず、それは、技術革新によると考えるのがよりもっともらしい。もちろん、ここでいう「技術」は広く解釈される必要がある:それは単なる“テクニック”や工場で使用される機械にとどまるものではなく、生産組織や労働市場の組織、消費者の趣向等をも意味するものである。

多くのコメンテイターは、実際、1970年代、あるいは1980年代から、技能偏向の加速は始まったと信じている。もっともよく知られた、しかし決して唯一ではないバージョンの仮説では、情報技術の進展、恐らく「第3の産業革命」によって引き起こされた著しい技能偏向の加速があったと主張する。多様な研究が、多くの近代技術の導入が、どのようにより高技能の労働者が雇用され、需要されることとしばしば関係するのかを記載している。しかし、恐らく、技能偏向の加速に対する賛同の最も強力な論拠は、高学歴労働者の供給が通常ではなく急速に増加したにもかかわらず、過去30年間、学校教育から得られる利益が伸びたことである。多くの、そして高学歴のベビーブーム・コーホートが、1960年代末以降[労働市場に]参入した結果、また、ベトナム戦争期の法案により、高等教育に対する政府の援助が増加したことにより、米国の労働力の教育水準は、1970年代始め以降急速に上昇した。その結果、高技能労働の相対的な供給は、1970年以降の30年間に、それ以前の30年間と比較して急速に増加した。技術偏向の加速がなければ、ポスト1970年代における教育から得られる利益は、もっと緩やかな上昇しか期待できなかっただろう。米国における技能プレミアムは、過去30年間に急速に増加しており、プレ1970年代においてそれがおおよそ一定であったことと対照的である。さらに、この間、米国の労働市場は、グループ内不平等──つまり、同じような教育を受けた労働者の間の不平等、の急激な拡大を経験しており、それは、新たな力強い影響力の存在を示しているように思われる。

内生的技術革新

なぜこの間、高技能への需要は加速したのか?また、19世紀は上述のようであったのに、20世紀を通して、新しい技術が高技能労働者を好むようになったのはなぜだろうか?ひとつのアプローチは、技術を、科学の進展や、非営利的な動機のどん欲さに促された企業家精神によって生じる外生的なものする見方である。このアプローチによって、過去30年間に急速に増加した高技能への需要は、マイクロチップ、パーソナル・コンピューター、そして恐らくインターネットにより導かれた技術革命により、継続されることになるだろう。

しかしながら、技能偏向的な技術革新の加速は、多かれ少なかれ、高学歴労働者の相対的な供給が加速したことの直後、1970年代初めであるということは、少しは偶然の一致による。この事実は、技能の供給と需要の相対的な変化に関係する理論と、なぜ新しい技術は20世紀を通じて技能偏向的であり、過去30年間によりそうであったかの説明の試みにわたしの関心を向けさせる。その論拠に向けた最初の一歩は、技術とは、労働市場と賃金格差における単なる外からの力ではない、ということについての理解である。むしろそれは、雇用量や賃金額と同じように、事業所と従業員が決定したことの結果である。言いかえれば、技術は「内生的」であるということである。

19世紀における紡績・機織り機は、もうかるがために発明された。それらは、希少で高価な要素──高技能のものづくり職人──を、相対的に安価で豊富な要素──低技能の男性、女性、子供の単純労働者──におき換えるがためにもうかるのである。同様に、電気機器、エアコン、大きな組織の全ては、起業家に利益の機会を与えるがために導入された。もし、さまざまな新しい機械や生産方法が、利益機会によって引き出されたときに出現したのであれば、恐らく、さらなる技能偏向的な技術革新と技能偏向の加速についても同様であり、少なくとも部分的には、それは利益誘因からの反応である。簡単にかつ極端的にいえば、技術における20世紀を通じた技能偏向の拡大と過去30年間におけるその加速は、利益機会の変化の結果であり、利益機会の変化とは、言いかえれば、技能労働者の過去100年間における定常的な増加と1970年代初めに端を発するその急速な増加の結果であると論じることができよう。

意図された技術革新と技能への需要

しかしなぜ、技術における技能偏向は、技能労働者の供給に関係しているのか?基本的なアイデアは、技術革新はよりもうかる領域に意図されることになるだろう、というものである。特に、先進的で技能偏向的な“テクニック”はよりもうかるもので、新しい技術が技能偏向的になる傾向はあるだろう。

2つの要素が新しい技術の収益性を決定する:「価格効果」と「市場規模効果」である。相対価格が変化するとき、異なるタイプの技術の相対的な収益性もまた変化する。現在、より高価な製品の製造において圧倒的に使用される技術はさらに需要され、そして、それらの技術の発明と改善はよりもうかるものになるだろう。同様に、技術の潜在的な市場規模は、その収益性の“第一の決定要因”である。他の条件が一定であれば、多くの労働者によって使用されるであろう機械を導入することは、収益性を高めるであろう、なぜなら、それらの巨大な市場規模は、巨大な売上げと利益を生産者と発明者にもたらすからである。技能の供給の増加が、技術をより技能偏向的なものとすることを促すのは、市場規模効果を通じてのことである。結果的に、より多くの高技能労働者が存在するとき、市場規模効果は、技能補完的な機械とより収益性の高い技術による生産をもたらす。幾分驚くべきことに、市場規模効果は大きく、技能に対する(相対的)需要曲線を、その標準的な右下がりの需要曲線とは対照的に、右上がりにしてしまうほどである。この場合、技能プレミアムと教育からの報酬は、高技能労働者を多く抱える経済ほど高いものとなるだろう。

この観点からみれば、近年の技術における技能偏向の加速は、潜在的には、1970年代当初より始まる技能の供給の急速な増加に対する反応である。パーソナル・コンピューターやコンピューターに支援された機械設備など技能補完的な技術の市場規模が広がるにつれ、そのような技術の発明や導入はよりもうかるものとなった。この仮説は、技能に対する需要の増加、また、その結果である教育からの報酬や不平等の拡大を説明するだけでなく、増加・拡大のタイミングを理解することにも役立つ。新しい技術は、発明され市場に持ち込まれるまでに、時間を必要とする。よって、技能の供給の増加による最初の効果は、経済を右下がりの定常的な技術の需要関数にそって移動させる。しかしながら、新しい技能偏向的な技術が市場に持ち込まれると、定常的な技術の需要関数はシフト・アウトし、教育からの報酬は増加し、潜在的な水準を当初の水準を超えたものとする。

20世紀を通じての長期的な技術偏向的技術革新とはどのようなものだったのか?恐らく、そこには自然な説明がある:高技能労働者の相対的な需要は、20世紀を通じて増加していたことから、定常的に技能偏向的な技術革新が進むことが期待できる。では、19世紀を通じての技能代替的な技術とはどのようなものだったのか?ひとつの、可能性のある、憶測上の論拠は、英国の都市における低技能労働者の供給増が(それは、地方やアイルランドからの移民による)、そのような技術の導入をよりもうかるものとしたことから、19世紀は、技能代替的な成長によって特徴付けられるとするものである。よって、意図された技術革新の理論は、次のような事象の説明を与える:20世紀を通じての長期的な技術偏向的技術革新、過去数十年間における不平等の拡大、そして可能性として、19世紀の技能代替的な技術。

グローバリゼーションと不平等

そのほかの過去30年間における主要な経済の発展は、生産のグローバル化の拡大と、米国と発展途上国との間の貿易の拡大である。何人ものコメンテイターが、グローバリゼーションと貿易の拡大は、米国の不平等の拡大に関係があることを示唆してきた。上述した論拠──技術革新は、不平等の拡大にとって重要だとするもの──では、グローバリゼーションなど他の要因は暗示されず、グローバリゼーションは主要な役割を演じていない。

にもかかわらず、多くのエコノミストは、グローバリゼーションとさまざまな理由による貿易の役割を軽視している。第一に、貿易数量はいまだに小さい。第二に、貿易の拡大に対する主要な介入の仕組みである、より大きな世界需要による、技能集約的商品の相対価格の大きな上昇は、これまでのところ観察されていない。第三に、不平等は、米国と取引をする多くの発展途上国においても拡大しており、一方で、シンプルな貿易とグローバリゼーションの説明によれば、発展途上国のように相対的に技能の希少な経済では、不平等は縮小することが予測される。

しかし、貿易とグローバリゼーションは、伝統的な仮定よりも重要なものであったかも知れない。貿易は、より収益性が高く発展につながるタイプの技術に影響を与える。特に、貿易は、技能集約的商品の価格を上昇させる傾向を創り出す。そして、価格効果が上述のように強調されることを通じて、技能偏向的な技術の導入への誘因が強化される。言いかえれば、貿易とグローバリゼーションは、さらなる技能偏向的な技術革新を促すのである。

このタイプの促進された技術革新によって、貿易は、伝統的な推測が示唆するより大きな影響を不平等に対して持つことができる。さらにそれは、技能集約的商品の相対価格への大きな効果がなくとも、促進される技術革新がそのような商品の供給を押し上げることで、影響を持つことができる。結果として、我々は、相対価格の変化という、原初的なきっかけとなる作用の証拠すらみるができない。最終的に、発展途上国が米国やOECD諸国で発達した技術を使用する程度まで、不平等を拡大する力はそれらの国にも同様に存在するであろうし、それは、技能の希少性のある経済において、定常的に平等化に向かう効果に対抗する。

生産組織の変化

米国経済における技能に対する需要の増加と不平等の拡大は、新しい技術の直接的な効果と同じくらい、生産組織の変化に帰属するものであろう。今日の“生産関係”(つまり、どのように仕事と監視は組織されているか、またどのように会社は従業員を募集するのか)は全て、30年前と大きく異なっている。

技術と生産組織を内生的にみる観点は、これらの話題を考える上で役立つ。生産における変化をもたらす重要な原動力は、技能供給の増加であろう。高技能労働者が希少であるとき、会社にとって、彼らの仕事を技能労働者に特化するように設計し、彼らの採用活動が極端に選抜的であることは、収益性のよいものではない。このような場合には、会社は、多くの低技能労働者を採用し、彼らを訓練し、そして彼らを相対的に賃金のよい仕事に雇用することにしばしば満足を得る。対照的に、多くの高技能労働者がいる場合は、彼らに特別の仕事を設計し、採用をより選抜的にすることは、収益のよいものになる。これは、生産性とより技能の高い労働者の賃金を高め、賃金のよい仕事から、低・中技能労働者を事実上排除することになる。

人材募集と人的資源管理の近年の傾向、中位レベルの賃金水準の職業の消失、低技能労働者に対する訓練の縮小、多くの産業における資本・労働比率の大きな広がり、仕事と労働者のミスマッチの低下を含む、米国の労働市場における多くの展開は、促進された生産組織の変化と、それと結びついた募集戦略の変化にもとづく理論によって説明することができる。さらに、そのアプローチは、低技能労働者の賃金の低下──純粋な技術の理論が説明することが難しい現象、なぜなら、技術革新は、技能偏向的なときでさえ、低技能労働者の賃金を引き上げる──を説明することができる。組織的な変化によって、[通常の理論が]たとえそうであったとしても、資源は低技能労働者を離れ、彼らに高い賃金を支払う仕事は消失するのである。

技術、労働市場慣行と社会規範

技術を強調することは、労働市場慣行の変化が重要であることを否定するものではない。最低賃金の実質価値の低下と労働組合の役割の低下は、疑うことなく、米国の不平等の変化にとって重要であり、賃金分配の底の層にとっては、特に重要である。加えて、1980年代末から1990年代において、CEOの報酬は爆発的に増加し、それを技術の変化だけで説明することは難しく、それと平行して、不平等と公正に関連する社会規範が変化したことを示唆するものである。ではなぜ、労働市場慣行と不平等に関係する社会規範は、技能偏向的な技術が加速されたのと同じときに変化したのか?それは、偶然の一致であるのかも知れないし、または不平等の全体的な変化が、労働市場慣行と社会規範の変化の結果であり、技術によるものはより少ないのかも知れない。私の見解では、より実りの多いアプローチは、技術の変化と、労働市場慣行と社会規範の変化の双方の効果を独立に認識し、そしてそれら二つを結びつけることである。

最近の研究は、例えば、技術の進展に帰属される不平等の拡大は、労働市場慣行と再分配に対する政治的な優先度にどのように影響するかについての示唆を与える。同様の議論は、不平等に関係する社会規範と技術に対する公正さとの結びつきについても用いることができるだろう。簡潔にいうと、不平等の拡大は、労働組合のような、ある種の労働市場の協定が生き残ることを難しくする。労働組合は、典型的には、賃金構造を硬直的にし「圧縮」し[賃金の高位層と下位層の間の格差を縮小し]、低技能労働者の賃金を、高技能労働者の経費によって引き上げようとする。経済の中で拡大する潜在的な不平等は、高技能労働者のコストを大きなものとし、彼らは、労働組合のある業種や労働組合に加入している事業所から離脱することになるだろう。同様に、不平等の拡大は、高所得の個人による福祉国家や政府の再分配計画への支持を減じることになる。こうした考えは、技能に対する需要を増加させる技術革新は、不平等によってより増幅される効果を持つことを含意し、なぜならそれは、労働市場慣行や再分配への選好を変えるであろうからである。これらの力は、例えば、CEOが生産労働者よりもさらに多く支払を得ることを認容しやすくするなど、技術の社会規範に対する影響によってさらに増幅されることになる。

各国ごとの違い

不平等が英語圏経済において拡大する間、多くの欧州大陸諸国では、それほどの拡大はみられなかった。今のところ、なぜこれら比較的似通った国々において、このような多様な不平等の傾向がみられるのかについてのコンセンサスはない。内生的な技術選択を考えることは、ここでも有効である。近年の研究では、労働市場慣行は賃金構造を硬直化し「圧縮」し、多くの欧州大陸経済のように、会社に対して、低技能労働者によって使用される追加的な新しい技術を導入することを促す。賃金の硬直性「圧縮」は、低技能労働者の雇用をより費用のかかるものとし、彼らを雇用する意向を条件付きのものとし、彼らの生産性を引き上げることの価値を高める。

よって、最低賃金規制、組合員賃金の下限、気前のよい失業保険プログラムなどの労働市場慣行は、不平等の縮小に増幅された役割を持つ。それらは直接的に、また技術革新を低技能偏向的なもへと仕向けながら、そのような役割を持つことになろう。

しかしながら、総じてみれば、不平等における各国の違いの理由についての我々の理解は弱く、このトピックは、技術と労働市場慣行、社会規範の関係についてと同様に、多くの研究を必要とする。

(了)

(注)[ ]内は訳者による注記。「◆」は、原文とは関係がない。