ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

経済指標からみた米国経済と「流動性の罠」

 日本の雇用情勢についてひととおりの見通しを行ったので、つぎに、米国の経済情勢についてみておくことにします。昨年11月に掲載した下のエントリーを更新しますが、今回は少し長いスパンをとっています。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20081127/1227792848

インフレ率と完全失業率

 まずは、インフレ率と完全失業率です。

ここで注目されるのは、完全失業率の足許における急上昇です。一方、インフレ率は、1990年代以降の低下傾向が続いており、足許では、景況の悪化によってさらに低下することが懸念されています。インフレ率が低水準にある中で完全失業率は急騰しており、こうした状況においては、総需要喚起的な政策をさらに進める必要があるといえそうです。*1

金利と為替

 つぎに、金利と為替レートについてみておきます。

長期金利は、これまで、金利水準が国際的に収斂するなかで低下を続けてきました。足許をみると、政策金利フェデラル・ファンド・レートは大きく低下しており、長期金利(10年国債金利)もまたそれと連動するように低下していることがわかります。

為替レートについては、前回と同様、足許におけるドル高がみられます。
 足許における長期金利の低下は、金融政策の効果によって低下しているだけではなく、金融資産の「質への逃避」によって生じていることも考えられます。また、足許のドル高については、通貨に対する選好が相対的に高まっていることが背景にあると考えることができます。*2このように解釈すれば、米国経済には、かつての日本が陥ったような「流動性の罠」の兆候が現れているとみることができるでしょう。

マネーストック

 つぎに、米国のインフレ率とマネーストックの関係についてみることにします。*3さきに、消費者物価指数によるインフレ率を取り上げましたが、ここでは、GDPデフレーターからみたインフレ率を取り上げます。

ホームメイド・インフレの動きを反映するといわれるGDPデフレーターの前年比は、消費者物価指数ベースでみた場合とは異なり、2006〜07年頃を境にして、明らかに低下する傾向がみられます。ただし、長期的にみると、1998年あるいは2002年頃の水準に比べれば、まだ高い水準にあります。
 貨幣数量方程式をもとに考えると、インフレ率は、市中への貨幣供給の増加によって高まり、貨幣流通速度(貨幣の「回転率」を意味するもので、一般に、名目GDP÷マネーストックによって計算される)の低下によって低下することになります。なお、貨幣数量方程式とは、以下のような関係を示す恒等式です。

 市中の貨幣量×貨幣流通速度=物価×取引量(実質GDP)

では、実際に、市中の貨幣量(マネーストック)と貨幣流通速度の動向をみることにします。

(注)グラフの単位に誤りがあり、実際は「10億ドル」です。

マネーストック(M2)は、経済の規模が拡大するに応じて増加しており、一方、貨幣流通速度は、2000年以降や今回の景気停滞局面で大きく低下しています。インフレ率の低下の一つの要因として、貨幣流通速度の低下を上げることができそうです。
 つぎに、インフレ率について、上述の貨幣数量方程式をベースに寄与度をとることにします。これは、以前、id:econ-economeさんが、日本のデフレを分析する中で使っていた手法です。id:econ-economeさんのエントリーは削除されており、内容を確認することができませんが、経済成長に見合うだけの貨幣供給が行われなかったことが日本のデフレの背後にあったと指摘されていたような記憶があります。
 同様のモデルを、2005年以降の米国の経済指標にあてはめてみたのが下のグラフです。

興味深いことに、米国では、経済成長に見合う以上の貨幣供給が行われており、足許においても、市中の貨幣量は引き続き拡大しています。一方、インフレ率の低下を引き起こしている原因は、経済成長の寄与が縮小する中で、貨幣流通速度が大きく低下していることであることがはっきりとわかります。
 貨幣流通速度の低下は、家計や企業が貨幣を保蔵することなどによって引き起こされるものであり、足許におけるその大きな低下は、米国経済が「流動性の罠」の入口にさしかかっていることを示すものだといえるでしょう。
 その一方で、市中の貨幣量が大きく拡大しているのは、FRBの金融政策が功を奏している証拠であるように思われます。こうしたところに、米国の今後の動向をうらなう上で、日本のデフレにみられた経過との違いを考える必要がありそうです。

(参考エントリー)

*1:このように指標を並べると、米国の1990年代には、インフレ率の低下と完全失業率の低下が同時に進行するという通常のフィリップス・カーブの含意とは異なる傾向がみられたことが、はっきりとわかります。このことは、日本では、この時期を含め長期的に安定したフィリップス・カーブがみられることと対照的です。米国では、1980年代以降、長期的にNAIRUが低下していることが指摘されており、その理由について、さまざまな議論があるようです(Ball& Mankiw(2002))。

*2:ただし、リスク・プレミアムの足許における低下を示す指標(TED Spread)もあり、この解釈が正しいかどうかについては、まだ留保が付きます。

*3:金融政策との関係から米国のマネーストックを分析したものとしては、すでに、id:econ2009さんの分析があります(http://d.hatena.ne.jp/econ2009/20090115/1232017263)。ちなみに、準備預金の増加による貨幣乗数の急激な低下は、日本の量的緩和政策導入時点でもみられた現象ですね。