ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

水野和夫「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか

 本書が出版されたのは2007年の前半、経済のグローバルなインバランスが進む状況について、著者は、F・ブローデルやE・ウォーラーステインらの緒論を敷衍しながら、巨視的な視点から捉えようとする。ここでは、経済と社会は、数百年に渡る超長期の期間、循環的な経路を経ることや、生活水準の低い国は豊かな国よりも速く成長し、すべての経済は定常状態(均斉成長経路)へと「収束」するとする「収斂仮説」などが前提とされる。現在の状況が、仮に、歴史の転換点に当たるとすれば、歴史を紐解くことで、社会がこれからどのような未来に向かうのかを論じることができよう。
 中世から近代への転換点において、「帝国」の時代から「国民国家」の時代への潮流が生じた。しかし、現代は、「国民国家」の時代から「帝国」の時代へ向かう潮流が生じている。世界経済の中で、高い成長を誇るBRICs諸国のうちの3カ国(ロシア、インド、中国)は、いずれもかつての「帝国」であり、現代の「覇権国」たる米国も、外国の内政問題へも影響を行使できる「帝国」へと変貌を遂げようとしているとみる。このように、現代が歴史の転換点に当たることの根拠とされているのが、金利の変遷である。
 著者によれば、「国民国家」の枠組みの下での近代資本主義の時代は、「インフレが全ての怪我を治す」時代であった。しかし、歴史の転換点では、土地バブルと財政危機に端を発する長期停滞と低金利の時代が続く。16世紀のイタリアと同様に、現代では、日本がその危機の時代にあるとみる。しかし、金利は、名目よりも物価でデフレートした実質でみる方が適切であろう。実質でみれば、日本の金利水準は、他の主要国と比較して必ずしも低すぎるというわけではない。とはいっても、アジア通貨危機以降の貯蓄の過剰と、金融のグローバル化が進展する中で、実質金利の低下とその水準の国際的な収斂が進んでいるというのは事実である。
 著者が目指すのは、超長期の歴史の転換点に当たる現代を、経済統計の分析を通じて跡づけるとともに、新しい「帝国」の時代を迎えるにあたって、経済とその成長のあり方を見直すことであろう。そして、その成功如何が、本書の価値を決めるといっても過言ではない。しかし、本書の語る大きな物語とは切り離して、これらの分析を読むことも可能である。本書に取り上げられた、グローバルに展開する輸出産業と国内を中心とする中小企業・非製造業との比較*1や、景気循環に与えるIT投資の影響といった分析は、参考になるものである。しかしながら、それによって本書の目的が成功しているかどうかは、また別問題である。

「帝国」の時代の経済成長

 新しい「帝国」の時代の到来において、著者が考えているのは、定常的な低成長の下で、インフレが当たり前の時代が終焉した後の、デフレが不可避的に継続するという状況である。
 デフレの何が問題かを考えたとき、一般に言われているのは、一つには、実質金利の上昇であり、それによって投資需要の減少が生じることである。名目金利が仮にゼロであっても、物価が持続的に低下していると、実質金利は高止まりすることになる。この点に関して、著者は、企業経営者は設備投資や販売計画を立てるとき、期待実質金利名目金利−期待インフレ率)にもとづいて行動するが、企業に対する観測調査をもとに計測した期待実質金利は上昇どころか低下している。だから、デフレは問題にならないという。*2
 さらに、デフレが不可避の時代では、日本の「超」低金利は、為替レートを減価し、経済のパフォーマンスの悪さを象徴することになるため、むしろ『ゼロ金利政策量的緩和政策はできるだけ早く解除して、「金利の正常化」を目指す必要がある』とも指摘している。
 こうした、デフレや金利政策に対する考え方は、同意し得るものではないが、100歩譲り、日本が著者のいう「帝国」の時代に向かうとするならば、輸出産業はこれまでのような競争力を保つことが困難となり、金融やサービス業に偏った産業構造になる必要があるだろう。そのためには、著者も指摘するように、サービス産業の生産性が高まることが必要になる。ところが、現実には、むしろ産業間の生産性格差は広がっている。日本の産業構造が大きく変化するような兆しは、今のところ見あたらない。
 さらにいえば、著者も懸念する所得格差の拡大については、現実をみると、低成長のもとでは、失業率の上昇に応じて拡大することになるだろう。

しかし、「国民国家」の枠組みが弱まれば、その改善のためのツールである所得再分配機能も弱まることになる。「帝国」の時代とは、国民の間の紐帯が失われる中で、持てる者と持たざる者の格差は、これまで以上に大きくなるのではないかと感じられる。
 私見では、日本はまだ高い成長を目指す必要があるとともにその余地を持っており、そのためには、「国民国家」の枠組みのもとで、金融政策によるデフレの解消と、所得再分配機能の強化を図っていく必要があるように思われる。現代が歴史の転換点であることを意味する最も重要なエビデンスに、自分自身、決定的に同意できないし、本書はその本来の目的を達しているとは、考えることができない。

*1:ただし、産業別の一人あたり実質GDPには、資本装備率の違いも影響することに留意が必要であろう。

*2:デフレ不況に関連して、実質金利や実質債務負担の上昇を経由した投資需要の減少よりも、資金の借り手の保有する担保価値の変化を通じて資金需要を変化させることを重視する現代的なデット・デフレーション仮説というものもある。