ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

ジニ係数と完全失業率(再訪)

※文章を一部修正しました。(01/14/10)

 当ブログでは、以前、ジニ係数完全失業率の間に相関性があり、完全失業率が高く(低く)なると、所得格差が広がる(縮小する)ことを指摘した。

この分析では、系列相関(誤差項と、そのラグの系列に相関性があること)の可能性は考慮しているが、系列が非定常(定常であるとは、時間や位置によって確率分布が変化しない確率過程であること)となることで、見かけ上、相関性が強まる可能性は考慮していない。ジニ係数には、ときをおうごとに、しだいに高まるような傾向がある。これは、人口の高齢化が主たる要因であると考えられる。そこで、ジニ係数の系列の推移からタイム・トレンド成分を除去した上で、改めて完全失業率と回帰させてみたが、この場合、以前のような相関性はみられなくなる。すなわち、この結果を厳格に解釈すれば、ジニ係数完全失業率の間の相関性は、水準変数同士が同一方向へ発散する傾向を持つことによる見かけ上のものであって、指標間の動きには、実際には関係性はみられない、ということになる。

 以前のグラフの時点を延長すると、つぎのようになる。

 以前のグラフでは、バブル崩壊後の数年間を除くと、ジニ係数完全失業率の間には相互依存性があるようにみられたが、今回のグラフをみると、2002年以降は、完全失業率は改善しているにもかかわらず、ジニ係数は増加(所得格差は拡大)しているようにみえる。バブル崩壊後の数年間は、景気後退期に所得格差が縮小しており、逆に、2002年以降は、景気拡張期に所得格差が拡大している。これらはともに、その他の期間にみられる通常の動きとは異なっている。
 完全失業率が高く(低く)なると、所得格差が広がる(縮小する)という関係性は、上述のように、これらのデータだけから実証できるものではないが、理屈としては理解し得るものである。完全失業率の改善は、労働需要の高まりを意味する。労働需要が高まれば、非正規雇用など、比較的流動性のある労働市場において提示される賃金を引き上げる。また、高いスキルを持つ求職者が不足することになれば、企業は、より低いスキルしか持たない求職者であっても採用し、教育訓練を行い、採用した労働者のスキルを高めるよう行動することになろう。しかしながら、上述の二つの時期には、データからは、このストーリーによって解釈することができないようにみえる。

 つぎにこれを、地域別のデータでも確認する。地域は、北海道、東北、関東、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州の9ブロックとする。2000年以降のジニ係数および完全失業率を、3年ごとに平均(2000〜02年、2003〜05年、2006〜08年)する。その上で、それぞれのプールされたデータ間の階差を、前半と後半に分けて相関性を確認すると、つぎのようになる。

 前半については、自由度調整済み決定係数が低いため、モデルとしては必ずしも完全なものとはいえないが、少なくとも、完全失業率の改善とジニ係数の減少には、有意な関係がみられる。

しかし、後半については、ほとんど関係がないことがわかる。

 これらの結果を踏まえた上で、2002年以降の景気拡張期における所得格差の低下をどのように解釈できるだろうか。ひとつには、1990年代の後半以降、非正規雇用者が大きく増加している。一方、正規雇用者は、2002年以降の景気拡張期においても、2005年から2007年の間にわずかに増加したにとどまっている。このような、不完全的な雇用の改善によって、完全失業率の改善にもかかわらず、所得格差が高まったことが考えられる。なお、このジニ係数は勤労者世帯に関するものである。無業世帯は含まれておらず、ジニ係数の改善は、世帯主の失業の減少が直接働いたというよりも、労働需要の増加にともなう間接的な効果によって生じたものであると解釈される。しかし、増加した労働需要が、主に非正規雇用者に対するものであったとすれば、その高まりが所得格差の拡大を引き起こす可能性はある。
 この間の経済成長は数量的な側面に支えられたもので、名目所得は停滞した。しかも、数量的な成長は純輸出の増加によるものであり、国内需要の増加は限られたものであった。持続的な経済の成長は、内外経済のバランスがとれ、名目所得の増加をともないつつ内需も拡大するような成長である。今回のような景気の拡張は、早晩、終わりをむかえ、再び長期の停滞を余儀なくされると企業経営者が考えていたとすれば、労働需要は、非正規雇用のように雇用保障の弱い労働者に偏向したものとなろう。また、このような景気拡張期においては、潜在成長力の高まりも期待できない。こうした見方は、近年の格差問題の本質を「働く貧困層」(ワーキング・プア)におく考え方とも整合的である。
 もうひとつは、輸入物価の上昇である。今回の景気拡張期では、輸入主導によって数量的な成長が続いた一方で、原油や原材料等の価格が上昇したことから、国内の製品に対する需要が割を食うかたちで縮小したことが考えられる。また、国内で生産された財・サービスの物価に低下圧力がある中で輸入物価が高まれば、輸入を行う大企業に予算制約が生じ、取引先の中小企業に対する価格交渉にあたって厳格な対応を行うこと考えられる。実際に、中小企業の労働分配率は高止まりしており、賃金引き上げの余地は限られている。そうした中で、企業規模間の賃金格差は拡大することになろう。第二次オイル・ショックの渦中にあった1980年代の初頭をみても、所得格差は大きく拡大している。
 これらのほかにも、近年、先進国に共通してみられる所得格差拡大のオーソドックスな説明となっている技能偏向的な技術進歩という仮説があてはまる可能性も理屈としてはあり得る。この仮説によれば、技術革新によって、技能が高く高学歴の労働者に対する需要が偏向的に高まり、その一方で、技能が低く低学歴の労働者に対する需要には変化がなかったため、労働需要が高まる中で所得格差は広がることになる。しかし、そうだとすれば、2000年代に入ってから突如として技術革新が進んだことになる。これは、実際のところ、あまり魅力的な仮説であるようには思われない。

 一方、バブル崩壊後の数年間は、すでに景気後退期に入っていたが、賃金調整はまだ生じていない。また、実質GDPの変化に対する企業の雇用量の調整速度(雇用調整速度)を推計すると、傾向的にはときをおうごとに高まっているものの、1990年代前半のこの時期だけは、他の時期と比較して圧倒的に遅くなることがわかる。この時期は、労働需要の低下に応じて完全失業率は上昇したが、勤労者の雇用に関していえば、その安定はまだ維持されていたと考えることができる。

 2002年以降の景気拡張は、その期間は長かったが、バブル景気時のように労働力や商品の価値を高めることにはならず、むしろ、それらの価値を停滞させるものであった。それは、名目国内総所得が、この間、ほぼ停滞していたことに現れている。実質でみた経済成長も、生活者の各層に広く行き渡るものではなく、その付加価値は、結果的には、生活者全体にしたたり落ちるものではなかったことが示唆される。

(参考エントリー)