ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

「ケインズ的」理由によって生じた貯蓄率の低下

 先日のエントリーに関連して。先日のエントリーでは、日本の貯蓄率の低下についてつぎのように記述した。

この長期的な貯蓄率の低下は、単純なライフサイクル・モデルによって解釈することができる。人口に占める高齢者の割合が上昇すると、これまでの貯蓄(年金を含む)を取り崩す生活者が増加する。よって、日本の貯蓄率は、長期的には低下しているのが自然である。

 これは、ライフサイクル・恒常所得仮説からすると自然な解釈である。しかし、より詳細にみると、高齢化と貯蓄率には明確な関係はみられない。例えば、太田智之『家計貯蓄率の低下は今後も続くのか』(2005年5月)では、高齢者層の貯蓄率は30%台を維持しているなど、「高齢無職世帯から想像されるような貯蓄の取り崩し」は確認できないことを指摘している。

http://www.mizuho-ri.co.jp/research/economics/pdf/research/r070501japan.pdf

 また、主要国の家計貯蓄率の推移をみると、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本の貯蓄率だけが著しく低下しているのが特徴的である。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4520.html

つまり、少なくとも近年の貯蓄率の低下は、所得低下の影響が大きいことが示唆される。第一次オイルショックバブル崩壊など経済成長が大きく停滞した時期は、貯蓄率が大幅に低下する。生活者は、経済全体が大きく変動している中でも、それまでの生活の習慣を変えることが難しい。よって、経済が停滞する時期には、所得に占める消費の割合は高まることになる。
 貯蓄率の前年差を、貯蓄そのものが変化した要因と、分母である国民可処分所得が変化した要因にわけてみると、貯蓄率の低下の要因は、1990年代前半を境に大きく異なるものとなっている。それまでは、所得の増加が貯蓄率の低下を引き起こしてきたが、1990年代前半以降は、貯蓄そのものが減少しているのである。その間、所得はほとんど伸びておらず、生活者は、所得に占める消費の割合を高めることで、生活水準を高めてきたことがわかる。

 一般には、消費が停滞している理由として、社会保障制度(特に年金)に対する不安がその要因であると指摘され、各種アンケート調査等でもそれが確認されている。また、高齢者層での高い貯蓄率の理由として予備的貯蓄動機が高いことは、前掲論文でも指摘されている。しかし、所得の低下局面において消費の慣性が働き、貯蓄率が低下していることから、消費の停滞の要因としては、社会保障制度に対する不安よりも、所得が減少しているという事実そのものがより重要な要素であると考えられる。