ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

「正常化」に向かう日本経済

※注記を修正(岡田、浜田論文についての記述を追加)しました。(05/26/10)
※追記を追加しました。(05/24/10)

 2010年第一四半期のGDP一次速報が公表されました。実質GDPの上昇率は年率4.9%の増加となり、事前に予想されたとおり、高い伸びとなっています。*1ここでは、米国のデータと比較しつつ、実際の動きをみていくことにします。

 まず、日本の実質GDPの前期比と需要項目別の寄与度から始めます。実質GDPは、昨年第二四半期からプラスとなり、このところ比較的順調に伸びているようにみえます。ただし、その伸びは純輸出に牽引されたものとなっており、内需、特に消費にはそれほどの力強さはみられません。ただし、投資について、今四半期からプラスに転じたところが明るい材料でしょう。

 続いて、米国です。米国についても、リーマン・ショック以後、日本と同様に実質GDPの大きな崩落がみられますが、実体経済については、日本の落ち込みの方がはるかに大きなものとなっています。その違いは、主として、日本経済の輸出依存の大きさにともなうものということができます。経済成長が純輸出に依存しているということは、「裏側」からみれば、消費が弱く国内の投資機会が限られているということでもあります。一方、米国経済は、リーマン・ショック以後、消費や投資といった内需を中心に極めて順調に改善しているようにみえます。

 もちろん、実質GDPが順調に改善している一方で、リーマン・ショックによって大きく悪化した完全失業率は改善していません。日本については、リーマン・ショック以後、実質GDPは大きく悪化する一方、完全失業率の悪化の程度は小さなものであることが特徴的であり 、この点からいえば、米国の経済政策運営よりも日本の経済政策運営の方が優れていたということが(暫定的には)できそうです。

(追記)

 なお、雇用については、03/17付けエントリーで2011年以降も減少が続くという悲観的な先行き予測を掲載しましたが、その後発表されたESPフォーキャスト調査、実質GDPおよび労働力調査の結果をもとに再推計すると、2011年第2四半期以降、2008年を100とした指数で97.3とほぼ横ばいになります。

 つぎに、日本のGDPデフレーターの前年比と項目別寄与度をみます。今回のGDP速報では、実質GDPが名目GDPを逆転する「名実逆転」が5期ぶりに解消されたことが大きく報道されていますが、グラフは前年比であるため、GDPデフレーターのマイナスは継続しています。ただし、方向性としては、内需項目を中心にマイナス幅は縮小しており、マイナス幅の主要な構成は、純輸出の「反動減」です。一方、内需デフレーターのマイナスについては、後ほど、貨幣供給面から分析した上で評価してみたいと思います。


(注)GDPデフレーターに対する寄与度は、名目・実質GDPに対する各項目別の寄与度から算出した寄与度の後方4四半期分の合計とした。

 続いて、米国についてみます。グラフのスケールは日本と同じですが、その水準が2%高くなっていることにご留意ください。米国のGDPデフレーターは、これまでプラスを保持しています。しかし、内需項目についてみると、2009年第二〜第三四半期はマイナスであり、実質的には「デフレ」的な環境にあったことがわかります。しかしその後は、投資項目のマイナスは継続していますが、消費項目はプラスとなり、おおむね、「デフレ」的な環境から脱却することに成功しています。米国の雇用が停滞していることについては先ほどふれましたが、このまま順調に需要が回復すれば、物価は上昇する一方で、雇用には確実にプラスに働くことが見込まれます。

 最後に、貨幣供給面から、内需デフレーターの前年比を分析します。日本については、貨幣流通速度の低下幅が大きく縮小し、財・サービスの数量の寄与がマイナスに戻っていることから、内需デフレーターは「正常化」に向かいつつあることがわかります。

 ただし、ここでいう「正常化」は、2000年代半ばの経済が比較的好調であった時期に戻りつつあることを意味するもので、長期にわたって継続しているデフレ環境からの回復を意味するわけではありません。グラフからわかるように、経済が比較的好調であったこの時期には、インフレ率がゼロ近傍まで回復する一方、貨幣供給は引き締められ、結果的には、長期のデフレ環境から脱却することはかないませんでした。これを教訓としてみるならば、このところ高くなっている貨幣供給の伸びを少なくとも維持し、早すぎる「出口」戦略に向かわないよう金融政策の舵取りを行うことが必要です。

 続いて、米国についてみると、日本よりも一歩先んじて貨幣流通速度はプラスとなっており、「デフレ」的な環境から脱却したことはここからも伺えます。その一方、貨幣供給の伸び幅は大きく縮小し、米国の金融政策は、前四半期頃を境に、大きく転換しています。雇用の改善はまだ順調なものとはいえない中で、貨幣供給の転換は慎重に行っていく必要があり、米国の金融政策もまた難しい舵取りを迫られることになりそうです。

 日本経済の先行きを考える上でひとつ懸念されるのは、交易損失が再び拡大しつつあることです。前回の景気回復を実感の乏しいものとした元凶のひとつが、交易条件の悪化です。 交易条件の悪化は、日本から輸出される商品の価格に対して輸入する商品の価格が上昇することで生じます。この交易条件の悪化は、金融政策におけるジレンマを生じさせることになります。例えば、輸入物価の高まりによって予算制約が生じれば、国内企業が生産した商品への需要は縮小します。この場合、国内企業にとっては、貨幣供給を拡大し翌期の物価を高めることが望ましい金融政策となりますが、一方で、貨幣供給の拡大によって自国通貨が安くなれば、交易条件はさらに悪化することになります。*2
 交易損失が再び拡大しつつあることは、今後の景気拡張過程でも所得と消費を停滞させ、実感の乏しいものとしてしまう可能性が高いと考えられます。

*1:一方、第二四半期は、政策効果の剥落等により減少することが見込まれています。

*2:この点に関連する文献に岡田靖浜田宏一『バブルデフレ期の日本の金融政策』浜田・岡田論文がありますが、まだ入手できておりません交易条件は、その定義上、名目為替レートが自国通貨安になると悪化します。一方、岡田・浜田論文では、実質為替レートは、交易条件よりも主として非貿易財と貿易財の相対価格の変化によって影響を受けることを理論的に証明するとともに、1995年、1999年から2002年にかけての2つの時期には、実質為替レートが大きく上昇したにもかかわらず交易条件の変化は小さかったことを指摘し、交易条件を実質為替レートと「同一視」することは誤りであるとしています。