備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

日本経済の「正常化」──その後

 2010年第二四半期のGDP一次速報が公表されました。実質GDPは0.1%(年率0.4%)の増加となり、事前に予想よりも低い伸びとなっています。
 また、需要項目別の寄与度をみると、外需(純輸出)はプラスを維持したものの、消費や投資など内需はマイナスとなりました。

前回は、投資がプラスとなったことを「明るい材料」と指摘しましたが、これについては住宅や在庫品が低調であったことを受け再びマイナスとなりました(民間企業設備単独ではプラス)。これは、総じて経済政策の効果が剥落した結果であるとみることができそうです。一方、企業の設備投資については、機械受注(船舶・電力を除く民需)が景気が回復したこの1年程度の間、低い水準で横ばいを続けていることからみて、今後も大きく増加することは見込めないものと考えられます。このような投資需要の先行きの弱さは、外部資金需要の停滞を通じてデフレを継続させるとともに、新たな雇用に対する需要の低さにもつながってくるでしょう。

 このような日本の実質経済成長率の推移は、高い失業率から回復できずにいる米国の動きと比較しても弱いものです。米国では、外需が大きく減少した一方で、内需は、投資を中心に持続的に回復しているような傾向がみられます。

 このところの日米の為替レートの推移をみれば、日本の外需は今後さらに弱まることが考えられ、このことは、ひいては投資のさらなる弱さにもつながります。早急な金融緩和策と為替対策が、当面の日本経済の課題であるといえるでしょう。

 つぎにデフレの現状です。前回のエントリーでは、内需デフレーターは「正常化」に向かいつつあるが、ここでいう「正常化」は、2000年代半ばの経済が比較的好調であった時期に戻りつつあることを意味するもので、長期にわたって継続しているデフレ環境からの回復を意味するわけではないことを指摘しました。今回の結果からも、これと同様の評価を導くことができ、日本経済は2000年代初め頃の弱い景気回復と緩やかな物価の下落を経験する可能性が高くなっています。

このことは、2000年代末の巨大な需要の収縮や政権交代といった経済・政治の大きな変化があって以後も、日本の金融政策とそれをとりまくさまざまな制度の中に埋め込まれている低い目標インフレ率には、特段の変化は生じていなかったことを意味しています。*1
 もし、今般の円高局面を緩やかに乗り越え得る耐性を日本経済が有していたとしても、その後にくるのは、再び「実感のない」景気回復過程に過ぎないでしょう。一方、所得の上昇とともに景気回復の実感を得ることができるようになるためには、経済主体の期待が大きく変化し、期待インフレ率の上昇に主導されたデフレ脱却と、それに連動した需要の回復が必要であると考えられます。

 ILOの報告にもあるように、日本経済はこの経済危機の間、実質GDPの低下は著しかったにもかかわらず、完全失業率の悪化はかなり小さなものでした。しかし雇用調整助成金などを活用した雇用維持には、当然のことながらコストを要します。注目すべき問題の本質は、完全失業率の悪化を止める雇用政策よりもむしろ、著しい実質GDPの低下(需要の収縮)の方にあるわけです。こうしたコストの節約のためには、制度の効果的な運用に血眼になる以上に、コスト節約的なマクロ経済政策運営に資することが明らかに「本筋」であるといえるでしょう。

 続いて米国の動向をみると、金融政策による量的緩和の効果が弱まっていることに変わりはありませんが、貨幣流通速度は引き続き高まっており、これまでのところ米国経済がデフレとなる可能性は低いと考えられます。

 最後に、日本の完全失業率についての留意点を指摘します。最近の労働力調査をみると、完全失業者数の前年同月差と季節調整値でみた完全失業率の動きの乖離が大きくなっています。つまり、前年同月差では、失業者数が減少し、雇用情勢は引き続き回復過程にあるようにみられる一方で、季節調整値でみた完全失業率はしだいに悪化しています。

 詳しいことは不明ですが、この乖離は、昨年の失業率変動の影響によって季節調整が適切に行われていないことが原因である可能性があります。これまでのところ雇用情勢は落ち着いていますが、デフレや円高により、雇用情勢はこれから悪化してくる可能性が高まっています。しばらくは、季節調整値の完全失業率だけではなく、原数値による完全失業者の動きをあわせてみる必要があるでしょう。

 なお、「真の失業率」は、その水準は高いものの、このところ横ばいを続けています。


(注)推計方法の詳細は、03/09/09付けエントリーおよび06/05/06付けエントリーを参照。

*1:日本のデフレの理由として、公務員や大企業サラリーマンにとってデフは有利であることを指摘する向きがありますが、これらの層を含め、デフレは勤労者世帯にとっては明らかにマイナスであり、「有利」というのは相対的な見方でしかありません。デフレが有利であるのは、多額の現預金を保有する者や年金受給者など総じて高齢者世帯に限られます。