坂東眞理子、辰巳渚(編著)『ワークライフバランス 今日から変われる入門講座』
ワークライフバランス 今日から変われる入門講座 (朝日新書)
- 作者: 坂東眞理子,辰巳渚
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2008/10/10
- メディア: 新書
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ワークライフバランスという言葉は多義的である。本書は、それぞれ専門分野をもつ女性の執筆者によるものだが、その内容は、暮らし方、心や体の健康、考え方、働き方について「整える」という観点から執筆されている。これらのどこがワークライフバランスに関係するのか、よくわからないと思う人もいるだろうし、自分も少なからずそう感じるところがある。
例えば、本書の冒頭にも取り上げられている政府の取り組みとして、政労使の合意の下策定された『仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章』をあげることができる。この憲章では、人々の働き方に関する意識や環境が社会経済構造の変化に必ずしも適応しきれないため、仕事と生活が両立しにくい現実があることを指摘している。また、憲章では、仕事と生活の調和と経済成長は「車の両輪」であるとし、誰もが意欲と能力を発揮し労働市場に参加することは国の活力と成長力を高め、ひいては少子化の流れを変え、持続可能な社会の実現にも寄与するとしている。
政府の取り組みは、少子化の問題がその推進の核心部分にあるように思えるが、それだけではなく、人々の意識や環境を変え、効率的な働き方を実現することによって、自由時間を増やすことも目指すものだといえる。
一方、本書の中の記述をみると、ワークライフバランスを考える上で大切なことは「私」が「私」であろうとすることの精神的な努力(辰巳渚)であるという。実物的な豊かさの追求による満足とは違った、自由時間や心と体の健康の確保、効率的な働き方ということに、これまでの経済社会のロールモデルとは違うものを見出していこうという試みである。このようにみると、ワークライフバランスとよばれる取り組みに共通する目標、目的がやや漠然とではあるがみえてくる。
それをとりとめなく列挙すると、おおむねつぎのようなものがあてはまる。
- 生産性を上げる
- 労働時間を短縮するが、一方で、時間あたりの所得は維持する
- 過度な消費や貯蓄を必要としない
などであろう。重要なことは、労働時間の短縮が生産性の低下や所得の低下に必ずしもつながらないことである。同時に、不必要な残業は行わず、消費や貯蓄もそれを目的とするものではなく、あくまで「私」自身の考える「私」のあるべき姿に見合うものだけを用意すればよい。
この取り組みは、経済全体としてみれば、少ない労働投入量によってこれまでの生産水準を確保できるようになることを目指すものである。日本の労働投入量は、第一次オイルショック時に大きく低下して以後、1980年代までは傾向として増加を続けた。しかしその後、景気循環による変動を幾度か経験しつつも、傾向としては減少している。
この減少は、就業者数が減少したことよりも、ひとりあたりの平均労働時間が減少したことの影響が大きい。ちなみに、1993年から経済危機前の景気のピークである2007年まで、労働投入量は2.4千(人時間)減少しているが、そのうち2.0千(人時間)は平均労働時間が減少したことによるものである。
しかし、これは必ずしも労働時間の短縮によって達成されたものではない。同期間に平均労働時間は4.3時間減少しているが、これをフルタイム労働者に限ると、平均労働時間は減少していない。
つまり、この間の労働投入量の減少は、主として労働時間の二極化、いいかえれば、非正規雇用者が増加したことで平均労働時間が減少したことによって達成されているのである。
マクロ経済的にみられる労働投入量の減少は、このように、ワークライフバランスを含意するものではない。ワークライフバランスのもとでの労働投入量の減少は、こうした二極化をまねくものではあり得ない。人口減少や個々人にふりかかる介護・育児負担によって、今後も労働投入量は傾向的な減少を余儀なくされると考えられる。そうした中で、二極化の傾向が続くことは、所得格差の拡大にもつながる。ワークライフバランスが可能な社会を目指すのか、それとも引き続きこの二極化の傾向が続くことになるのか、かなり重要な岐路に立っているのではないか。