備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

2000年代の長期的な公的需要の低下を考える

 日本経済は、1990年代半ばより、一時的なものを除いて物価上昇率はマイナスとなっており、デフレーションが継続している。デフレーションは、貨幣供給面からみると、先日のエントリーでも指摘したように、財・サービスの数量的な増加に対し、マネーストックの増加が相対的に少ないために生じたといえる。日本経済は流動性の罠に陥っており、中央銀行の通貨性のある負債であるマネタリーベース(日本銀行券発行高+貨幣流通量+日銀当座預金)を増やしても貨幣乗数が低下するため、市中の貨幣量(マネーストック(=貨幣乗数×マネタリーベース))は増加しない。このことは、特に企業部門において、金融機関からの借り入れを減らし、内部留保を積み上げる行動パターンにあわられている。外部資金の借り入れが減少することで信用創造が十分には働かず、企業部門の貯蓄の増加によって貨幣は退蔵されることになる。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20080724/1216913057

 一方、デフレーションは、実物経済面から解釈することも可能である。一国経済の潜在的な供給力に比べ需要が少ないと、物価は低下することになる。需給ギャップのマイナスが続けば、デフレーションも続くことになる。
 すなわち、デフレーションに対しては、貨幣供給面からみれば市中の貨幣量を増加させること、実物経済面からみれば需要を増やして需給ギャップを縮小させることで、その解消を図ることが求められる。民間経済主体の需要が伸びない中で需要を増やすためには、公的需要を高めるか、純輸出を高めることが必要である。だが、純輸出が過度に高まることは、為替市場の調整メカニズムが働くことで円高をまねき、その規模はしだいに縮小する。いずれにしても、内外経済のバランスが崩れるようなマクロ経済運営は望ましいものではない。よって、需給ギャップがマイナスである場合には、拡張的な財政支出によって公的需要を高めるか、少なくともそれを維持することが必須であるといえる。

 では、1990年代半ば以降のデフレーションの過程において、公的需要はどのように推移してきたのか、実際にみてみることにしよう。

公的需要は、まず1996年をピークに1998年半ばまで急激に低下した。その後は増加したものの再び長期的な減少過程に入り、2007年までゆるやかに低下している。前者については、橋本政権下における行政改革の流れの中で、公的需要が大きく削減されたものと考えることができる。一方、後者については、小泉政権を中心とした時期にあたり、景気が拡張過程にある中で、公的需要は削減されている。しかし、この景気拡張は外需を中心としており、国内需要は伸び悩み、完全失業率は低下したものの非正規雇用の増加によって所得は停滞した。すなわち、実質賃金の調整過程はまだ終わっておらず、デフレーションは継続していたことになる。これらのいずれの時期においても、デフレーションの中で公的需要の削減が図られたことになり、マクロ経済運営としては、誤りであったということになるだろう。

 こうした指摘に対する一般的な反論として、マンデル・フレミング・モデルの含意から、財政支出は効果がない、というものがある。変動為替相場制において、政府支出の増加ないし減税を行うと、自国の金利が上昇することで資本流入をまねき、自国通貨高によって純輸出が減少するため、元の水準で産出量が均衡する。よって、変動為替相場制においては、財政支出(減税)は効果がない、というのである。しかし、経済が流動性の罠にある場合には必ずしもこれは成立しない。このことは、IS−LM分析の枠組みで説明することができる。

 流動性の罠では、財政支出(減税)によってIS曲線が右側にシフトしても、名目金利は上昇しない。よって、民間需要が抑制される(クラウディング・アウト)ことはなく、自国通貨高によって純輸出が減少することもない。*1
 金融政策において量的緩和がとられたのは2001年であり、マネタリーベースは急激に上昇したが、貨幣乗数は大きく低下し、マネーストックは上昇しなかった。これは、日本経済が流動性の罠に陥っていたことを示すものと考えられる。こうした状況のもとで、公的需要が上昇しても、それによって民間需要が抑制されることはなく、需給ギャップを縮小させる効果をもったのではないかと考えられる。すなわち、マンデル・フレミング効果は、2000年代以降の長期的な公的需要の抑制を正当化する理屈にはならず、この間の財政運営は、方向性として、正しいものではなかったということになる。

 デフレーションを考えるときには、金融政策だけに注目が集まりがちであるが、財政政策についても同様に注目する必要があり、その責任を問う場合には、等しくそれを問わなければならない。

関連エントリー

*1:すなわち、「セオリーは、特定の環境要件を満たさない場合には成立しない」ことに留意が必要である。