ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

高階秀爾、山梨恵美子、鴻池朋子『鼎談 美術館の新たな可能性を求めて 藤田嗣治へのオマージュ』

http://alve.tv/archives/3106

 今年の7月に暫定オープンする新県立美術館(設計は安藤忠雄)のPRのためのイベントで、藤田嗣治の大壁画『秋田の行事』を背にしての鼎談。三者はそれぞれ秋田県に縁を持つ美術批評家、アーティストであり、平野政吉についてのそれぞれの思い出から話が始まる。

  • 藤田は芸術作品は「動産」であると認識。一方、壁画については、その場から移動させることのできないパブリックなもの。藤田は、場所というものをよく考えて壁画に取り組み、『秋田の行事』は、秋田の人のために描かれた。また、薩摩治郎八の依頼によるパリ日本館の壁画は、西洋と日本のかかわりを主題。
  • 第一次世界大戦関東大震災の後、東京は変化。『秋田の行事』は、モニュメンタルな壁画とは異なる。時間の流れを一つの画面に描く。
  • 地震が多い日本では、モニュメンタルな壁画が残るとは限らず、むしろ、絵巻のようなものが残っている。被災地に行った経験から、その地の人に関係しない絵は残らないことを実感。祭りは、その地の人にとって重要。
  • 藤田は、東京からパリなど「移動」そのものに国籍(アイデンティティ)をもったのではないか。
  • 西洋と日本では、絵画の解釈の仕方が違う。赤い靴と狼を描くと、暴力・男性性のように西洋では解釈されることがある。アイコン的な捉え方。しかし実際には、狼の「手触り」を意識しただけ。
  • 近代においては、美術は財であり常に残るもの。しかし、いまは文化遺産というように、見た人が語り継がないと残らない。『秋田の行事』は、永遠ではない「生きた」ものを残している。
  • 藤田は職人的。平野政吉の依頼で『秋田の行事』を描いた後に、青の絵の具2本しか残らなかったという逸話。
  • 美術館の機能とは、近代においては倉庫と展示場。その後イベント会場となり、今後は、常時市民や作家が出会う文化創造の場。西洋では、美とは別のところにあって特別な人がそれを見つけることができる。日本では、生きとし生けるものはみな美を表現する。

 鼎談終了後は、となりに展示されていた『あきたアートプロジェクト 東北を開く神話』を見る。話を聞いているときは、文化創造の場としての美術館、という考え方は興味深いものの、現実には、人は自分が見たいと思うものしか見ないもので、自分の理解の及ばぬものは見たいとも思わないのではないか(読書なんかも大概そんなもの)、と感じていたが、(最終日とはいえ)大勢の人が見に来ているのをみると、そうでもないかも、という気にもなった。
 なお、上述の発言にもあるように、祭りはその地の人間にとっては重要で、アイデンティティにも係わる。仕事が首になっても祭りに参加する、という人がいるほど。