備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

オリバー・ウィリアムソン(浅沼萬里、岩崎晃訳)『市場と企業組織』(2)

市場と企業組織

市場と企業組織

 前エントリーでは、市場における商品取引のかわりに内部組織が用いられることについて、その背景には取引費用があり、市場よりも内部組織の内側での交換の方が、より効率的となる場合があることについて論じた。本書では、第四章において、雇用関係に関してこれまでの議論を敷衍し、「特異性のある熟練と知識」を必要とする職務では、前エントリーに触れた、第二章においてモデル化されている人間・環境の諸要因によって、(1) 条件付き請求権の契約(2) 逐次的現物契約ハーバート・サイモンによって定式化された(3) 雇用契約のいずれにおいても、労働力を調達することが困難となり、内部労働市場構造のもとでの雇用契約が効率的となるような特性を持つことが指摘されている。
 なお、「特異性」のある職務や「内部労働市場構造」については、ここでは主としてドリンジャー=ピオレ『内部労働市場マンパワー分析』*1にもとづいて定義されている。「内部労働市場」とは、外部から入り得る道が特定の「入口」に限られ、それは一般に下位の職務にあてられ、上位の職務は昇進・配置転換により内部から補充されること、企業に固有の熟練の取得のため、オン・ザ・ジョブ・トレーニングが用いられることなどがその特徴とされ、それが「市場」とよばれる所以は、報酬があくまで職務に応じて支払われ、集団の規律や昇進の階梯によって、非公式な誘因のシステムを兼ね備えていることにある。

 さらに第五章以降では、企業間に垂直的統合が生じることを肯定する理由と、その限界について論じられる。そして、「技術的に分離可能な生産単位を共通の指揮のもとにおく理由は、関連性のある種々の課業[=職務]を一つの単純階層組織の内部にまとめる理由となった取引関連的な理由と対応している面が非常に大きい」と結論づけられる。例えば、多数の部品を組み立てることで一つの生産物を構成するとき、部品供給のための販売供給は、その部品が「特異性のある独占的成果物」である場合、雇用関係と同じように、最適な契約関係を締結することが困難となる。「少数主体間交渉が支配的となり──それは最初から支配的である場合もあれば、最初の契約があたえられた後で契約の更新時点になると取引の両当事者が実質的に「閉じ込められて」しまっている場合もあるが──、かつ、不確実性に直面して、限定された合理性のために、適応的で逐次的な決定プロセスが最適性をもつような状況」では、長期的・安定的な取引関係を維持するため、垂直的統合が選好されるようになる。

 だが、取引費用を節約する上で垂直的統合による内部組織化がそれほど魅力的ならば、なぜ企業が全面的に市場を先取りしてしまうことにならないのか──この問いは、垂直的統合が効率性を保つ上で、一定の限界があることを示唆している。このような限界を生じさせる内部組織の歪みとして、本書では、

(1) 内部調達
(2) 内部組織の膨張
(3) 既存のプログラムへの固執
(4) コミュニケーションの歪曲

の4つの項目があげられている。

 (1)については、内部調達は、外部の供給者が備える組織等に要する固定費用を必要としないため、少なくとも外部からの調達価格が内部供給の可変費用を上回る限り、効率性を保つ。しかし、中古品市場が存在するなどにより、固定費用がそれほど大きくない可能性もある。一方で、内部供給に係る管理者が自分たちの仕事を廃止することに気乗りしない場合、内部の生産能力が無批判的に維持され、互酬的取引によって「部門間扶助」が生じる。この場合、垂直的統合は、全体としての不効用を生むことになる。

 (2)については、組織内の部門間に持続的な対立や全般的な機能障害がある場合、役割の増殖が生じる。これにより、組織の監視費用が不釣り合いに大きなものとなる可能性がある。
 また、(3)については、既存の活動に係るサンクコストの存在が、既存のプログラムを選好するよう促す可能性がある。さらに、プログラムの提唱と管理が抱き合わせになっている内部組織の場合、「いかなる費用を払っても成功する」というコミットメントが起こりがちとなる。特に、「予算に基礎をおく機関は、収入に基礎をおく機関よりも、非生産的なプロジェクトないし陳腐化したプロジェクトに固執」し易く、それは後者の場合、市場によって必要な指示が取り除かれるからだ、というドラッカーの指摘が引用されている。

 (4)については、市場での少数主体間交渉における問題が、当事者の機会主義によって操作されることにあるのに対し、内部コミュニケーションがそうした歪曲を弱めることになるが、内部化によって主体間の誘因は必ずしも一致をみず、コミュニケーション・システムが自分の利益に有利となるよう操作される可能性がある。コミュニケーションの歪曲は、自己主張的な形をとることもあれば、防衛的な形をとることもあり、後者の例として、部下が上司に対し、自分が上司に報告したいと思っていることを報告するということが述べられている。内部的な機会主義は、部分目標の追求という形をとり、そのための努力がコミュニケーションの歪曲をともなう。

 すなわち、「市場の失敗が存在することは、取引を内部化する推定上の根拠をなすものであるが、内部組織が明瞭に費用上の優位性を示すためには、市場での交換にともなう「諸欠陥」が、けっして小さくない閾値水準を超えることが必要」であり、内部組織がもつ種々の歪みを生み出す傾向には、特に注意を払わなければならない。その一方で、多数事業部制(M型組織)や、その発展形であるコングロマリット組織には、こうした問題を緩和する要素があり、以後の章では、既存の研究を批判する形で、これらの組織形態の効率性が擁護されている。

(未了)