備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

貨幣的側面からみたこのところの経済の動き

 このところ、日銀による量的・質的金融緩和が物価と賃金にどのように反映されるかが世間の注目を浴びており、物価が上昇しても賃金は上昇しないのではないかという懸念が指摘されている。この点をいくつかの指標から占うこととするが、まずは、マネタリーベースと先日公表されたマネーストックの動向(前年比)からみる。


(注)マネーストックは、2003年3月まではM2+CD、2003年4月以降はM3。また、1999年3月以前は外国銀行在日支店等を除く。

マネタリーベース(左目盛)は、今回の量的・質的金融緩和が決定された4月4日以前の昨年12月以降大幅に増加したが、4月以降はさらに大幅な増加となった(23.1%増)。一方、市中の貨幣量であるマネーストック(右目盛)については小幅な増加にとどまっている(2.6%増)。
 なお、長期的な動きを総じてみれば、マネタリーベースの伸びとマネーストックの伸びはおおむね連動している。その一方で、2001年からの量的緩和政策や、2011年からのマネタリーベースの増額は、マネーストックを「それに応じて」増加させたわけではない。これは、「流動性の罠」の現れであり、「流動性の罠」(マイナスの実質金利が必要となる経済)のもとでは、マネタリーベースの増加は、銀行機能不全の問題とは関わりなく、また、価格硬直性のない経済のもとでも、マネーストックにほとんど影響しなくなる。ただし、いずれにしてもマネタリーベースの伸びとマネーストックの伸びは連動しており、量的緩和政策の始まる2000年以降でみても、両者には高い相関性がある。

 つぎに、名目実効為替レートとコア消費者物価指数の動向(前年比)をみる。


(注)コア消費者物価は、消費税の影響による段差を調整。名目実効為替レートは逆目盛。

 グラフではわかりにくいが、為替レートの動き(右目盛)は、一定のラグを持って、消費者物価の動き(左目盛)に影響している。VARモデルによる先行・遅行関係の分析では、為替レートから消費者物価への影響がより明確であり、1〜2期および9〜10期のラグにおいて消費者物価との相関性が高くなる。このため、名目実効為替レートは足許で大きく減価しているが、今後これが一定のラグをもって、消費者物価の上昇につながると予測できる。ただし、この物価上昇はコスト・プッシュ型であるため、前回のエントリーにも記載したように、賃金の上昇にはつながりにくい。*1
 ところで、金融政策との関係から為替レートと物価の動きを考えると、マネタリーベースの増額があったとしても、市中の貨幣量であるマネーストックが増えない限り、理屈としては、為替レートが円安になったり物価が上昇したりすることはないと考えられる。昨年末からの円安は、貨幣供給の増加に起因するというよりも、将来の貨幣供給の増加を予測する経済主体の期待によって生じていることが窺える。物価についても、ニューケインジアン・フィリップスカーブの含意では、期待によって上昇することになり、日銀の見通しも、需給ギャップの経路からだけでは達成困難なもので*2、期待インフレ率の上昇をを見越したものであると考えられるが、一方、先日取り上げた吉川『デフレーション』では、物価や賃金が期待によって変動することを否定している。

 最後に、円安局面において交易条件(輸出物価の輸入物価に対する比)の悪化が懸念されているが、この交易条件の動向をみることにする。

交易条件(右目盛)は、1999年以降継続的に悪化している。これは、輸入物価に比して、輸出物価がそれほど伸びていない、あるいはより下落しているためであるが、国内経済がデフレ傾向にあり、輸出物価についても価格転嫁が充分に図られていなかったことが窺える。また、交易条件は、長期的には、名目実効為替レート(左目盛)との連動性がみられ、為替レートは、一定のラグをもって交易条件に影響する。ただし、2010年半ばからの円高局面において交易条件は悪化するなど、足許では、為替レートと交易条件の動きには乖離もみられる。なお、交易条件は2008年頃に最も低くなるが、これは、原油をはじめとした一次産品の価格上昇にともなうもので、その後の好転は、リーマンショック後、円高となり、また一次産品の需給が軟化したことにともなうものである。

*1:足許では賃金は上昇していない。最近の時給でみた現金給与総額の増加は、昨年とのカレンダーの違いにより、出勤日数が大きく減少したことにともなうものである。

*2:SMBC日興證券『日興マクロレビュー』 No.55を参照した。