備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

NAIRUの再推計──2013年第2四半期までのデータによる更新

※JILPT資料シリーズへのリンクを追加しました。(08/12/13)

 完全失業率は、総需要の拡大ないし縮小(景気の拡張ないし後退)によって上昇ないし低下するが、失業には、こうした景気循環の影響によって変動することのないコアな部分もある。この「コアな部分」に係る失業率は、求人の職種や地域が求職者の求めるそれと異なることからつねに一定の求人者と求職者が労働市場に滞留することで生じるものであったり、求職者が職探しをするためには一定の時間を要する*1ことで生じるものであったりすることから、一般に「構造的・摩擦的失業率」とよばれている。完全失業率が構造的・摩擦的失業率の水準に達すると、公共事業など、短期的な経済成長に寄与する政策ではこれ以上の失業の縮小を図ることはできず、さらなる政策は総需要の超過によって物価の上昇を加速度的に招くことになる。このため、構造的・摩擦的失業率は、フィリップス・カーブから推計することのできるインフレ率を加速させない失業率(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment;NAIRU)とほぼ同一の概念として扱われることが多い。
 構造的・摩擦的失業率ないしNAIRUは、産業構造、就業構造などが変化することでその水準は変わり得るものであるが*2、日本のフィリップス・カーブをみると、このところ20数年間にわたりインフレ率はゼロ近傍で安定していることから、インフレ率の大きな変化は、それ以前のデータによってしか把握することができない。なお、リーマン・ショック前に完全失業率が改善していた時期においてその水準が最も低かったのは2007年7月の3.6%であり、日本のNAIRUは、もしその後において変化がなかったとすれば、少なくともこの水準よりは低くなることが見込まれる。

固定NAIRUの推計

 以前のエントリーでは、2008年12月までのデータにより推計を行い、結果は3.51〜3.61%となった。今回も、それ以降のデータを加えた上で、ほぼ同様の方法でNAIRU(固定NAIRU)の推計を行った。最初にフィリップス・カーブを確認すると、リーマン・ショック後の2009年第3四半期に完全失業率は5.4%まで悪化し、インフレ率はマイナス2.4%を記録するなどしたため、カーブの右側に変化が表れたが、その後完全失業率は改善し、インフレ率も0%まで戻している。

 推計は、下式の期待修正フィリップス・カーブ、


π:消費者物価指数(修正コア季調)前年比、U:完全失業率、U*:NAIRU、DSH:価格ショック前年比

について、p=1からp=8までの系列相関を処理する自己回帰推定によって行った。ここで、価格ショックは輸入物価指数/国内企業物価指数としているが、これを時系列により消費者物価指数と比較するとつぎのようになる。

この結果、固定NAIRUは3.43〜3.68%となった。なお、AICが最も低くなるp=6のときの推計結果はつぎのようになる。


可変NAIRUの推計

 この推計方法では、推計期間中にNAIRUは変化しないものとしているが、この仮定を緩やかにした可変NAIRUの推計方法がある。これは、上述の期待修正フィリップス・カーブを

のように変形する。この式の左辺は、成長成分と循環成分の和とみなせる。またこの右辺には、OLSの推計結果から具体的な数値を当てはめることができ、この数列をHPフィルターに通し、抽出された成長成分の系列と完全失業率の系列から可変NAIRUを計算することができる。ただし、実際の推計結果では、直近のデータになるほど成長成分はほとんど1から変化しなくなり、可変NAIRUは完全失業率の値にほぼ一致する。これは、妥当性の低い結果であるように考えられ、さらなる改善の余地があるものとみなし、今回は結果を掲載しなかった。また、この推計方法では、過去に行った推計と各期の値がかなり異なっている点も問題として残る。
 可変NAIRUの推計について、天利浩「デフレーション流動性の罠に囚われた長期停滞」(JILPT資料シリーズNo.78『失業構造の理論的・実証的研究』*3第1章として所収)では、NAIRUはランダム・ウォーク過程に従うと仮定し、上述の期待修正フィリップス・カーブを観測方程式とする状態空間モデルの枠組みからNAIRUを推計しており、上述のような、これまでのオーソドックスな方法からの改善が試みられている。

*1:不完全情報のため。

*2:例えば近年、非正規雇用比率が上昇しているが、その背景としてフリーターなど短期的な就労を繰り返す者の存在を仮定すれば、非正規雇用比率の上昇は、摩擦的失業を増加させる意味合いを持つ。

*3:http://www.jil.go.jp/institute/chosa/2010/10-078.htm