ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

故小野旭氏による構造的・摩擦的失業率推計の改善

 構造的・摩擦的失業率の推計方法としては、先日のエントリーで取り上げたNAIRUのほかに、UV分析による均衡失業率がよく知られている。この推計では、労働力の供給である雇用者と失業者の合計値(U)と、労働力の需要である雇用者と欠員数の合計値(V)を何らかの方法で計測し、これらが等しくなる時点を完全雇用が達成された時点とみなし、その時点においても残存する失業をもって構造的・摩擦的失業とする。
 計測されたUとVの間には、以下のようなUVカーブが想定されるが、産業構造、就業構造などが変化することでカーブ自体がシフトする可能性もある。そして、このカーブが45度線と交わる点での失業率を、構造的・摩擦的失業率(U*)に相当するものとみなすことができる。

 先日のエントリーでは、JILPT資料シリーズNo.78『失業構造の理論的・実証的研究』*1において、可変NAIRU推計の改善が試みられていることを紹介したが、今回は、同報告書第2章に所収されている小野旭「UV分析について──既存の方法に対する改善を提案する」の内容を紹介する。この論文において小野は、従来から指摘されてきたUV分析の問題のうち、つぎの2点についての改善を試みている。
 一つめの問題はVの推計に関するものである。これまでの分析では、本来整合性のない総務省労働力調査』の雇用者数と、ハローワークの未充足求人(=有効求人数−就職者数)をまぜこぜに利用してきた。この改善のため、小野は、ハローワークの未充足求人に代えて、厚生労働省『雇用動向調査』による毎年6月時点の未充足求人を用いることとし、さらに『雇用動向調査』の対象に規模5人以下の小規模事業所が含まれない点についても、一定の補正を加えている*2
 二つめの問題はUの推計に関するものである。これまでの分析では、完全失業率を雇用者ベースに引き直した「雇用失業率」が用いられてきたが、この場合、仕事に就きながら追加的な就業を求める者は含まれないことになる。この改善のため、小野は、「求職中の追加就業希望者」を加える補正を雇用失業率に行っている。

 これらのデータを用いたUVカーブは、以下のような孤を描く。

なお、改善を行った最終的な結果は、グラフではu3とv2の関係として点線で描かれている。実線は従来の雇用失業率(u2)とv2との関係である。補正した雇用失業率には「求職中の追加就業希望者」が含まれるため、UVカーブは、従来の場合よりも上方に位置することになる。

 つぎに構造的・摩擦的失業率の推計に移る。構造的・摩擦的失業率は、上述のように、産業構造や就業構造の変化によってシフトし得るため、UVカーブに構造変化を表す説明変数を加えた以下の式、


X:構造変化を表す変数

を一般化最小自乗法によって推計し、その結果をもとに、下式により(最後に均衡雇用失業率を就業者ベースに引き直すことで)構造的・摩擦的失業率を計測することができる。

なお、ここで小野は、構造変化を表す変数として、非正規雇用者比率(Nonreg)および部門間のばらつきを測る指標であるリリエン指標(産業間:Sindおよび職業間:Socc)を用いている。推計結果はつぎのようになる。

 それぞれの系列の具体的な回帰式については原典をあたっていただきたいが、小野が改善の最終的な姿(u3とv2の関係として表されるもの)として重視しているのは、このうちのD−1とD−2である。D−1とD−2の違いは構造変化を表す変数の取り方の違いであり、D−1ではNonregおよびSind、D−2ではNonregのみを用いている。*3

 推計された構造的・摩擦的失業率は、いずれの期においても3%を越えることはなく、従来の推計値よりもかなり小さなものとなっている*4。この結果をもって、小野はつぎのように指摘する。

 構造的・摩擦的失業が完全失業者の4分の3を占めているのなら、雇用政策の重点がこれらの失業者の減少に置かれるのは当然である。求人情報の提供、求職者へのカウンセリング、最新の技術への適応や職種転換を容易にする教育・訓練等は、構造的・摩擦的失業を減らすための基本的な政策メニューである。実際の場面においても、失業減少のためのわが国の雇用政策はこれらの政策手段を中心に展開されてきた。
 しかし本章の分析が示すように、構造的・摩擦的要因に帰着できる失業部分が約半分で、残りの他の半分は需要不足失業であるということになると、労働需要を増大させる政策は従来以上に重要視される必要がある。ところが、著しい低金利と国の膨大な負債残高のために、ケインズ型の総需要政策を実施するのは難しい。このような現状の下で需要創出策として期待されているのが地域雇用政策である。また長期的な視点に立った国家戦略としていくつかの重点産業を選び、経済成長率を高めながら雇用機会を拡大することも大切である。環境関連の諸産業を支援することによって雇用の創出を図るのは、そのうちの重要な1つであろう。

 なお、この報告書の発行は2010年9月30日。小野先生が亡くなったのは2010年9月15日であり、この論文は、おそらく氏の書いた最後の論文と思われる。上記の結論では、「著しい低金利と国の膨大な負債残高のために、ケインズ型の総需要政策を実施するのは難しい」とも指摘するが、一方で、自らが座長を務めた雇用政策研究会報告書『人口減少下における雇用・労働政策の課題』(2005年7月)*5には、つぎのような指摘もある。

 なお、当然のことながら、このような社会の実現には、雇用・労働政策を展開することに加えて、適切なマクロ経済政策運営や新たな産業の育成等産業政策等における取組が不可欠である。

 これはある人からの伝聞によるものであり、自分の記憶違いの可能性も否定できないが、この一文が付け加えられた背景には、小野先生の強い意向があったとのことである。これらのことを鑑みると、小野先生とは、労働需要を高めるための政策(マクロ経済政策およびミクロの産業政策)を重視する、むしろまれな労働経済学者であったと思われる。

(参考エントリー)

*1:http://www.jil.go.jp/institute/chosa/2010/10-078.htm

*2:なお、『雇用動向調査』の未充足求人については、いわゆる「メンバーシップ型雇用」を基本とする日本的雇用慣行において、ある特定のジョブが空席であるということが把握できるのかという疑問が残り、未充足求人の正確な把握は不可能である可能性が高い。日本の企業では、未充足求人がある一方で、同一事業所内に余剰人員が存在するようなことも考えられる。言いかえると、日本においては、あらゆる入職経路を網羅する総合的な求人数を企業側から把握することは非可能だ、ということになる。

*3:結果をみると、u2の場合よりもUVカーブが上方に位置するu3の場合の方が、構造的・摩擦的失業率は低くなる。このことの説明は、原典に詳しく記述されている。

*4:なお、この結果をフィリップス・カーブとの整合性という観点からみると、1990年前後では完全失業率と構造的・摩擦的失業率がほぼ一致し、それ以降は完全失業率が構造的・摩擦的失業率の水準を超えているという点から、1990年代以降のフィリップス・カーブの動きとは極めて整合的な結果となっている。しかし、1980年代前半以前の高インフレ期との整合性はうまく取れていない。この点については、当時のコスト・プッシュ型インフレとホームメイド・インフレとの違いから説明できる可能性もあるが、推計に何らかの改善を施す必要がある可能性も否定できない。

*5:http://www.mhlw.go.jp/houdou/2005/07/dl/h0727-2a.pdf