ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

青木昌彦『青木昌彦の経済学入門 制度論の地平を拡げる』

本書の概要(主に前半部分)

昨年7月に没した経済学者、青木昌彦の比較制度分析については、奥野正寛との共編著『経済システムの比較制度分析』など専門書ではあるが比較的読みやすい本が既にあり、小池和男『仕事の経済学』の知的熟練論もまた比較制度分析の枠組みの中で捉える見方があるなど、広く世に知られ、かつ様々な分野に応用されている。この本も比較制度分析を主たる対象としつつ、一部において青木昌彦という経済学者自身にも迫る内容となっている。前半は比較制度分析の学び方、考え方に関する対談、講演等からなり、後半はその応用として、中国経済の歴史分析などが取り上げられる。

本稿ではまず前半の、特に第2章の制度分析入門を中心にその概要をみることとしたい。比較制度分析の「前史」として新制度学派をみるとき、ダグラス・ノースのほか取引費用理論のロナルド・コース、オリバー・ウィリアムソン*1といった名前が浮かぶ。本書ではその代表的な経済学者としてノースを上げ、著者の考え方との違いを述べる中で、ノースは制度は法とインフォーマルな慣習からなると考えるが、法は政治という市場経済の外から外生的に与えられるとする一方、慣習の成立は説明しないままになっていると指摘している。これに対し比較制度分析では、人間は「相手は自分の行動に対してどういう反応を示すだろうか」ということを予想しながら行動するわけであるから、人間社会はすべて(内生的にそのルールが生じる)ゲームとして類推できるとし、そうした見方の起源としてアダム・スミスの『道徳感情論』を上げている。

このように比較制度分析では、慣習のみならず法についても内生的なゲームのルールとして生じるとみるが、その事例として、日本のいわゆる「終身雇用制」が取り上げられる。

日本の終身雇用制も、もともとは法律で定められたものではありませんでした。現在、経営者が労働者のクビを恣意的に切れば、裁判所は不当な解雇であるという判断を下すでしょう。しかし、そういう法律があらかじめ存在していたわけでありません。むしろそういうルールが自ずと発展し、雇用者は勝手にクビを切れないと労働者は予想し、それから雇う方も、労働者がいったん企業なり役所なりに就職したらおそらく一生そこで勤めあげようと望んでいるとの想定のもとに慎重に採用する、そういう状態が終身雇用制を制度たらしめたわけで、法はそれをいわば事後的に追認したという面があります。

国家形態は、政治や経済、組織など様々なドメインの均衡状態として考える。それぞれのドメインでは、例えば組織における階層型、シリコンバレー型など複数の均衡状態が成立し得るが、そうした中からどの均衡状態が選ばれるのかは、それぞれのドメインに成立する制度は相互補強関係にあるという「制度的補完性」の概念から説明される。ただし、「なぜ日本には日本型の均衡が生まれ、アメリカにはアメリカ型の均衡が生まれるのか」という問いにゲーム理論の内部から答えることはできない。

こうして成立した制度は、法や政策で簡単に変えられるものではない。著者は日本の制度について、その根幹に終身雇用制があり、その他の制度はそれによって補強される関係にあるとみているが、それを創り直すには一世代、30年はかかるとする。日本は現在、「移りゆく30年」の過程の中にある。シュンペーターイノベーションを「生産過程における資本や労働、あるいは中間生産物などの生産要素の結合(の仕方)を新結合すること」と定義しているが、そうした現象の一つとしてシリコンバレー現象を考えることができる。シリコンバレー現象を説明する「モジュール化」(クラーク=ボールドウィン)の進行は、従来の階層型組織とは異なる形で不確実性に対処し、企業家の競争を引き出すことを可能にする。日本においても、社会に埋め込まれた様々な関係がダイナミックに働き(グラノベッターによって概念化された「社会的埋め込み」)、古い結合の創造的破壊と新結合によって新しい制度が産まれる過程にあるというのが著者の見立てである。

「複線型」雇用システムの可能性

以上、おもに本書の前半部分を中心に整理してみた。本書では、アメリカにおいてIBMから技術者が流れシリコンバレーの発展を導いた現象をシュンペーターイノベーションとして好意的に取り上げ、不確実性が高まり「モジュール化」が進む技術的特性の中では、日本においてもイノベーションは避け難いものとみる。また、本書の後半(第3章)では、マクロ経済的な視点からも日本経済の移行過程が論じられる。

こうした見方は、確かにエレクトロニクス産業ではよく当てはまると考えられる。「モジュール化」により中間製品のコモディティー化が進むエレクトロニクス産業では、生産過程における取引費用が低下し、垂直的統合を行うことの利点が失われ、企業内あるいは企業間での分業が進む。しかしその一方で、自動車産業など「すり合わせ」の領域がまだ大きい産業分野もある。こうした場合、垂直的統合の優位性は失われておらず、長期雇用システムも優位性が保たれる。

こうした産業別の特性の違いが「移行過程」ゆえに生じているものなのかは判断することが難しい。日本の典型的な雇用システムは、これまで、その入口が新卒者の定期採用に限られ、それが下位の職務を形成し、上位の職務は昇進・配置転換により内部から補充される内部労働市場を特徴とするとされ、その中で、企業特殊熟練を計画的OJTにより形成してきたとされる。しかし「モジュール化」が進むことで生産過程における取引費用が低くなると、一般的な職業訓練や職種別の外部労働市場等の強みも増すことになるだろう。

このことは、長期雇用と失業なき労働移動双方の顔を持つ「複線型」雇用システムという考え方にもリアリティを与える。「モジュール化」が進めば、「複線型」雇用システムを可能にしない限り、多くの工程は長期雇用システムとの制度的補完性を確保することができなくなる。一方「すり合わせ」の領域は内部労働市場との制度的補完性が高く、垂直的統合による生産体制が維持される場合には、引き続き長期雇用は主流の位置を占める。果たしてこうした「複線型」システムはどのような形で可能になるのか、あるいはそれは均衡状態としては成立し難いものなのか、後者であれば今後、特定産業における日本の優位性にも影響を与えることになるだろう。

*1:ウィリアムソンの『市場と企業組織』については、本ブログでも4回にわたってエントリーを上げたことがある:http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20120721/1342840690 など。