ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

労働生産性と所得の動向

 ここまで、改定後の国民経済計算(SNA)を用い、制度部門別*1貯蓄投資バランスや、可処分所得から貯蓄、付加価値から可処分所得へのフロー等を確認してきた。その中で明確になったのは、

  • 近年の制度部門別貯蓄投資バランスにおいて特徴的なのは一般政府であり、貯蓄に対する投資超過幅は縮小傾向にある*2
  • 貯蓄の前年差を制度部門別寄与度でみても、近年、一般政府の増加寄与は大きい。この間、一般政府の最終消費は増加しているが、これを上回って可処分所得が増加している。

ということである。これらの分析では、それぞれSNAの資本勘定、所得支出勘定を用いた。本稿では、SNAの体系から所得の源泉をさらに遡り、国内総生産勘定における近年の特徴を確認する。

 国内総生産勘定は、借方に生産側から推計した国内総生産、貸方に支出側から推計した国内総生産を配置し、両者の差額はバランス項目である「統計上の不突合」として借方に置かれる。一般に「国内総生産」(GDP)と呼ばれるのは支出側の国内総生産であり、この額は、財貨・サービスの国内総供給から(各需要先別の)配分比率、運賃・マージン率等をもとに流通段階ごとの需要項目別金額を推計するコモディティフロー法によって推計される。一方、生産側の国内総生産は、経済活動別(産業別)の産出額から中間投入額を控除する付加価値法によって推計され、支出側の国内総生産とは概念的には同一であるものの、推計方法の違いや使用する基礎統計の違いから乖離が生じる。この乖離分が「統計上の不突合」であり、したがって通常使用される「国内総生産」から「統計上の不突合」を減じたものが(付加価値法による)生産側国内総生産となる。
 国内総生産勘定の借方をみると、生産側国内総生産は「雇用者報酬」*3、「営業余剰・混合所得」(純)、「固定資本減耗」、「生産・輸入品に課される税」および控除項目である「補助金」という分配項目によって分割されている。ただしSNAの体系の中には、いわゆる三面等価のうちの分配側国内総生産に係る項目はなく、生産側国内総生産から個別に推計した雇用者報酬、固定資本減耗、生産・輸入品に課される税((控除)補助金)を差し引いたバランス項目が営業余剰・混合所得(純)となる。なお営業余剰・混合所得(純)の制度部門別分割は、別途の方法により行われる。

 以上を踏まえると、(生産側)国内総生産に占める雇用者報酬の割合をみれば、一国全体に付け加えられた付加価値の源泉から家計へ流れたフロー額の概略を確認することができ、これを本稿では「労働分配率」とする*4。なお一人当たりでみた雇用者報酬の増減率は、労働分配率の他、労働生産性および物価によって寄与度に分けることができる*5。本稿では一人当たり実質国内総生産を「労働生産性」とするが、生産側国内総生産の実質値はないため、*6支出側の一人当たり実質国内総生産労働生産性とする。

 まず労働生産性については、就業者ベースの一人当たり値と雇用者ベースの一人当たり値は、当然、その額が異なるが、就業者に占める雇用者比率が上昇し自営業者・家族従業者が減少している近年の傾向から、就業者ベースの方が上昇傾向は強く表れる。ただし何れでみても労働生産性労働分配率は概ね逆相関である。またトレンド要因を除くと労働生産性景気循環と概ね順相関となるのに対し、労働分配率景気循環と概ね逆相関であり、賃金の下方硬直性(ないし「上方硬直性」)という考え方と整合的である。

 また、同様に(生産側)国内総生産に占める生産・輸入品に課される税((控除)補助金)の割合をみれば、一国全体に付け加えられた付加価値の源泉から一般政府へ流れたフロー額の概略を確認することができる。これをみると2013年から直近の2015年にかけ、その割合が大きく上昇している。この間、労働分配率は低下していることから、付加価値の源泉からの家計の取り分が一般政府へ流れた可能性を指摘することができる。

 最後に、一人当たり雇用者報酬(前年比)に対する上述の寄与度分解を実際に行ってみる。具体的な算式はつぎのようになる。

 \begin{align} \frac{w_t-w_{t-1}}{w_{t-1}} = \frac{(p_t-p_{t-1})\cdot d_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}} + \frac{(\alpha_t-\alpha_{t-1})\cdot p_{t-1}\cdot d_{t-1}}{w_{t-1}}\ + \frac{(d_t-d_{t-1})\cdot p_{t-1}\cdot \alpha_{t-1}}{w_{t-1}}\\ + \frac{(p_t\cdot d_t-p_{t-1}\cdot p_{t-1})\cdot (\alpha_t-\alpha_{t-1})+(p_t-p_{t-1})\cdot (d_t-d_{t-1})}{w_{t-1}} \end{align}
 w:一人当たり雇用者報酬、 p労働生産性 \alpha労働分配率 dGDPデフレーター

ただし全体の整合性を確保するため、労働分配率は支出側の実質国内総生産を分母とし、「一人当たり」は雇用者ベースに統一する。また、右辺第4項は交差項とする。

結果をみると、概ね労働生産性労働分配率の寄与度は反対方向を向く。ただし通常とは異なる動きを示す時期もあり、1997年や2005年、2014年など景気循環の変わり目では同一方向を向く場合がある。また景気の拡張傾向が強めに現れた2005年から2006年、あるいは2014年以降において労働生産性の寄与は意外にも小さく、特に足許の2014年以降は一人当たり雇用者報酬の上昇分はほぼ物価上昇分によって語ることができる。雇用情勢はこの間堅調に推移しているが、必ずしも労働生産性は高まっておらず、雇用の増加はむしろ一国全体の労働生産性を弱めた可能性がある。今般の雇用の増加は、産業別には医療・福祉を中心とするサービス産業、性別には女性が主体となるものであり、こうした事実は、資本装備率が低下することで労働生産性を弱め、結果的に一人当たり雇用者報酬を実質的には減少させた可能性とも整合的に理解できる。
 加えて政府部門からの「巻き戻し」は労働分配率を低下させ、このことも一人当たり雇用者報酬の実質的な減少につながっている。この物価動向と逆転した労働分配率の動きは、前稿までで確認したマクロ経済政策の不整合性に関係する。

 これだけを判断材料とすれば、雇用者数の増加は労働生産性を引き下げ、一人当たり雇用者報酬の実質的な減少を通じて消費をも引き下げているように思われるかも知れない。しかし一方で、全期間を対象とした回帰分析から、雇用者数は民間最終消費支出と順相関的な関係があることがわかる。この関係性は労働生産性についても同様である。一方、労働分配率は民間最終消費支出との間に相関関係がみられず、GDPデフレーターは通常の想定(物価下落から消費増加へ)とは異なり順相関の関係となる*7

以上の分析から、極めてありきたりな言い振りではあるが、労働生産性を高めていくと同時に雇用の改善を図ることが重要であり、その結果として消費が増加し、持続的な経済成長と生活水準の実質的な向上が図られる、とのまとめになるだろう。またこの分析から、完全失業率が極めて低水準ながら一人当たり賃金が増加しない近年のパラドックスの一因を垣間見ることができる。男性中高年の賃金が停滞するという賃金構造上の動きが直近の統計にはみられるが*8、このことは、上述の労働生産性(ないし資本装備率)の動きにも関係していると想定される。この関係を繋ぐことが今後の分析課題となる。

*1:SNA上の制度部門は非金融法人企業、金融機関、一般政府、家計(個人企業を含む)、対家計民間非営利団体の5部門からなり、これらの合計が一国経済となる。

*2:このことは、一般政府のプライマリーバランスが改善傾向であることを意味する。

*3:国内総生産勘定の「雇用者報酬」は国内ベースであり、前稿の分析で使用した所得支出勘定の「雇用者報酬」とは海外からの所得の純受取分だけ違いが生じる。また、雇用者報酬および財産所得に係る海外からの所得の純受取分を(支出側)国内総生産に加えたものが「国民総所得」(GNI)となる。

*4:通常使用される「労働分配率」は、国民所得(要素費用表示)に占める雇用者報酬(国民ベース)の割合である。なお、要素費用表示による国民所得は、雇用者報酬(国民ベース)、財産所得(国民ベース)の純受取分、営業余剰・混合所得(純)の合計額(第1次所得バランス)から、生産・輸入品に課される税((控除)補助金)を差し引いた額に一致する。

*5:寄与度は因果関係を示すわけではない。例えば、物価には雇用者報酬が先行している可能性がある(http://www5.cao.go.jp/keizai3/shihyo/2017/0327/1166.html)。

*6:事実誤認がありましたので修正しました。生産側国内総生産の実質値は「主要統計表(3)」に記載があります。

*7:ただしGDPデフレーターのみを独立変数変数とすると、相関関係は消滅する。

*8:http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2016/index.html