備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

企業部門のISバランス(貯蓄)は大幅減少

国民経済計算(SNA)の資本勘定から推計したISバランスについては、3年前に2011年基準改定後の動向を分析し、昨年、その後の動きをフォローアップした。

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資本勘定とは、一国経済(および制度部門別)の貯蓄と投資のフローを実物面からみたもので*1、ISバランス(貯蓄投資差額)は、一国経済(および制度部門別)の資金余剰(不足)の実態を表す*2
昨年末に内閣府から公表された『2018年度 国民経済計算年次推計(フロー編)』は、2019年10月の消費税率引上げの結果を未だ反映するものではなく*3、大きな制度変更を含むものではないが、企業部門(非金融法人企業)のISバランスに特徴的な変化がみられたので、昨年と同じ分析を行うこととする*4

これまでのISバランスの特徴と今回の変化

これまで、特に1990年代以降のISバランスの特徴は、家計部門の貯蓄超過が縮小する中、企業部門は投資超過から貯蓄超過に転じ、更にその超過幅を高める傾向を続けたことにある。家計貯蓄の縮小は、少子高齢化に伴う長期的な傾向もあるが、むしろ雇用者報酬の停滞に伴うラチェット効果による。この間、財務省『法人企業統計』によれば、金融・保険業を除く業種における金融機関借入金(当期末固定負債)は、1998年度の約310兆円がピークとなり、2013年以降は増加傾向にあるものの、2018年度においても約215兆円に止まる。借入金の縮小は信用創造を不活性化し、貨幣が企業内に止まれば貨幣流通速度が低下する。すなわち、企業部門のISバランスの上昇は、デフレという当時のマクロな経済環境とも整合的な現象である。

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昨年公表されたSNAの資本勘定では、こうしたこれまでの傾向からの変化がみられるが、それをみる前に、まずは一国全体の長期的なISバランスをみることにする。

一国全体のISバランスは、2015年に政府部門(一般政府)の投資超過幅が大幅に縮小したことにより貯蓄超過幅が拡大し、それ以後は、ここ数年間同程度で特に特徴的な変化はみられない。ところが、これを制度部門別にみると大きな特徴が現れる。

政府部門に関しては、これまで幾度となく指摘したとおり、2014年の消費税率引上げ以後ISバランスは大きく改善し、その後もマイナス幅は縮小傾向である。すなわち、プライマリー・バランスは顕著に改善する傾向が続いており、名目GDP成長率が名目公債利子率を上回るという意味での「ドーマー条件」を満たすことの重要性に変わりはないものの、現時点では、財政の危機を過度に指摘する必要性がないことを表している。

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一方、企業部門のISバランスは足許の2018年に大幅に縮小した。企業部門のISバランスは、2013年頃をピークに縮小する傾向にあり、景気が好転する中、徐々に投資拡大の傾向がみられたことも一因としてあげられる。しかしながら、2018年の大幅縮小の主たる要因は貯蓄の減少である。

貯蓄が減少した理由は、同じく昨年公表されたSNAの所得支出勘定から確認することができ、企業部門の営業余剰が大きく減少したためとみることができる。

一国全体の営業余剰は、経済活動別の付加価値、固定資本減耗、雇用者報酬等から付加価値法とよばれる方法により推計される。また、制度部門別の営業余剰は、これをコントロール・トータルとし、別途推計する制度部門別推計値との差額を各制度部門に配分調整することで推計するとされており、非金融法人企業はその大半を占める。足許の2018年は、一国全体の営業余剰が大幅なマイナスとなっており、そのしわ寄せが企業部門の可処分所得=貯蓄のマイナスに反映されたとみられる。

雇用者報酬は引き続き好調

上記の結果を所得支出勘定の分析をもとに詳しく確認する。

企業部門の貯蓄は大幅マイナスとなったが、その一方で一般政府の他、家計部門の貯蓄がプラスとなった。これは、前のグラフから分かるとおり雇用者報酬の増加に伴うものである。2014年には家計貯蓄率がマイナスになっており、これまでは家計の貯蓄超過は縮小傾向であったが、ここ数年は雇用者報酬が増加に転じ、貯蓄超過幅もプラス傾向に転じた。

2019年10月の消費税率引上げの結果は、次回のSNA所得支出勘定にその一部が反映され、その影響を明確に確認するためには、2021年12月の公表結果まで待つ必要がある。このため、現段階では判断に留保が必要であるが、2018年までの雇用者報酬の好調さ、税率引上げ後も消費者物価は安定していること等を考え合わせると、今後の家計環境に関しては、やや楽観的なシナリオに傾斜しつつある。

一方で、営業余剰が減少する中での雇用者報酬の増加は、労働分配率が高まることを意味する。

賃金の下方硬直性から明らかなように、これまでも労働分配率の上昇は景気の後退を意味してきた。このように考えると、企業部門の先行きは必ずしも明るいものではなく、何れにしても今後の家計消費や企業投資の動向に着目する必要がある。

*1:同じく、金融面からみたものが金融勘定。

*2:実際のSNA資本勘定(統計表)では、ISバランスは「純貸出(+)/純借入(-)」として貸方に計上される。

*3:昨年の分析に用いた結果から2016年及び2017年結果を改定し2018年の結果追加。

*4:以後の分析は、これまでの分析と同様、基本的には名目GDPに対する割合による。