備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

濱口桂一郎、海老原嗣生『働き方改革の世界史』

 英米独仏日の労使関係論に関する古典的名著を紹介。一見、適当に選択したようにみえるそれぞれの主張が、「労働法政策を基本的なディシプリン」とする著者の一貫したパースペクティブの下で、ストーリー性を持って展開される。取り上げるのは主として集団的労使関係に関するもので、「工場法や労働基準法」により保護されるべき労働者がターゲットとなる個別的労働関係は射程の外に置かれる。その意味からすると、『働き方改革の世界史』というタイトルと本書の内容とはやや印象が異なる。

 日本については、藤林敬三というあまり聞かれない労働経済学者の「労使協議制」に関する議論が取り上げられ、いわば「おきまり」の春闘や、かつての公共企業体における労使紛争の話題などは、むしろ脇役に置かれる。「トレードからジョブへ」という流れを世界共通とみる立場に対し、著者は国ごとの多様性を重視し、労働関係は経路依存的であるとする。このあたりの議論は、制度的補完性に依拠して歴史的経路依存性を論じる比較制度分析にも通じる。日本社会にいかに従業員代表性という仕組みを取り入れていくか、という課題が最後に論じられる。現在の企業別労働組合に(やや利益相反性を持つ)経営協議を行う従業員代表機能を持たせることは、日本の企業別労働組合の弱点を補完し、経営への労働者の関与の度合いを深めると同時に、社会的な機能としての団体交渉が日本社会にしっかりと根付くためにも意味があるとみている。

安井翔太『効果検証入門 正しい比較のための因果推論/計量経済学の基礎』

 観測データから因果関係を特定することが困難であることは、よく知られた事実である。与えられたデータを用いて因果推論を行う場合、必ずしもオーソドックスな分析手法があるわけでなく、かつて定型的事実とされていた結果であっても、最新の分析で覆るケースもあり得る。いずれにしても、因果推論に関する分析手法は現在進行形で進展しており、それ故に「難しい」ものだといえる。
 一方、最近はその重要性が認識されるにつれ、因果推論についてわかりやすく解説する準・専門書的な書籍が見られるようになり、当ブログで以前取り上げた伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』はその代表である。ランダム化比較試験、差の差分析(DID)、回帰不連続デザイン、傾向スコアマッチング、操作変数法等、(少なくとも言葉だけは)人口に膾炙しつつある。

traindusoir.hatenablog.jp

 本書も、全体構成は上述の伊藤書と概ね重なり、Rのコードを記載することで、実務家が手早く分析できるよう配慮している。本書で取り上げる分析手法は、傾向スコアマッチング/逆重み付き推定、差の差分析、回帰不連続デザインで、それぞれについて実際の論文で用いられたサンプルデータを付し、これらの手法に関しては、概ね誰もが取り掛かれるよう配慮が講じられている。実務家にとっては極めて「優れもの」である。

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真の失業率──2021年4月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 4月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月より0.2ポイント上昇したが、真の失業率(季節調整値)は3.5%と前月(3.5%)と同水準となった。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する3月までの結果は以下のようになる。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

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真の失業率──2021年3月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 3月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.6%と前月より0.3ポイント低下したが、真の失業率(季節調整値)は3.4%と前月(3.4%)と同水準となった。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する2月までの結果は以下のようになる。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

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真の失業率──2021年1月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。今回は、推計の基礎となる潜在的(均衡)労働力率を2020年まで延長推計した上で、2021年1月までの結果を過去に遡って再計算した。

 まず年間の結果をみると、2020年の真の失業率は3.8%と前年より1.4ポイント上昇した(公表値である完全失業率は2.8%と前年より0.4ポイント上昇)。前回推計値と比較すると、若干の上方改訂となった(2019年は2.4%で改訂なし)。

 つぎに1月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月より0.1ポイント低下したが、真の失業率(季節調整値)は3.5%と前月(3.5%)と同水準となった。完全失業率は(当面)ピークを打ったとみられる。(12月の真の失業率(季節調整値)は、前回は2.6%としていたが、改訂および季節調整により足許で0.9ポイント程度上振れし3.5%となった。)

 所定内給与と消費者物価の相関に関する12月までの結果は以下のようになる。今月は、物価が変わらない中、賃金は上昇した。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

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真の失業率──2020年12月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 12月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月と同水準、真の失業率(季節調整値)も2.6%と前月(2.6%)と同水準となった。完全失業率は(当面)ピークを打ったとみられる。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する12月までの結果は以下のようになる。今月は、賃金、物価ともに低下した。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

酒井正『日本のセーフティネット格差 労働市場の変容と社会保険』

 主として「就業」及び「格差」の観点から、日本の(広義の)セーフティネットについて、筆者自身の研究も交えつつ、近年の政策研究をサーベイする。日本のセーフティネットは、主として(労働保険を含む)社会保険によって担われるが、本書は、両立支援、高齢者雇用、若年者雇用、職業訓練、就労支援等セーフティネットに関わる制度を広く取り上げる。社会保障について、本書は、「働けない」リスクに対応するもの、と位置付ける。
 両立支援に関する章は、取り上げられる論文等が豊富で内容が充実しており、近年、この分野の政策研究が盛んであったことがわかる。一方、若年者を中心とした就労支援政策については、日本では、政策研究がまだ十分に進んでいないようにみえる。
 本書の特徴的な点をあげると、社会保険の事業主負担に関する「帰着問題」、客観的な証拠に基づく政策形成(EBPM)について、それぞれ一つの章を割いて取り上げていることである。特に後者については、(類書にみられる)因果推論に特化した説明とは異なり、エビデンスの活かし方、そもそも活かすべきか等にかなり踏み込んだ内容となっている。
 「日本のセーフティネット」と謳う一方で、最低賃金生活保護等必ずしも十分な記述がない分野もあるが、本書が取り上げる政策範囲には一定の広さがあり、またその内容も深い。政策課題が目まぐるしく変化する現代にあっても、少なくとも今後数年間の「耐性」を持つと思われる。一方で、具体的な分析・推計の手法まで踏み込んで理解したい場合は、原典の論文等にあたる必要がある。
 あとがきによれば、筆者は大学と大学院を通じ樋口美雄(慶応大学教授)に指導を受けたとのことであるが、本書の構成は2001年(約20年前)に刊行された以下の本を思わせるもので、同書のはしがきには筆者の名前も記載されている*1

雇用と失業の経済学

雇用と失業の経済学

*1:ただし、本書が研究サーベイに重心を置くのに対し、同書はデータ分析が中心で法制度への言及も多く、より政策志向性がある。

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