備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

兵藤釗『戦後史を生きる 労働問題研究私史』

兵藤釗という「労働問題」研究者の人生史。主著は『日本における労資関係の展開』と『労働の戦後史』。かつて、「社会政策から労働問題へ」との提言に始まった日本の労働問題研究であるが、日本経済がオイルショックを乗り切り、80年代末に社会主義革命の不可能性が明確となる中で、労働研究は企業活動の一側面に関する実証的研究となり、文字通り、「労資関係」は「労使関係」として捉えられるようになる。そうした現状を踏まえつつ、聞き手の一人は、その現代的意義について次のように述べる。

つけ加えておきますと、若い人はまた労働問題研究になっています。ただし、かつてのような労働問題研究ではなく、非正規労働であったり、過労死であったり、女性労働問題などです。労働は問題なのです。しかしその問題は、兵藤さんたちが氏原さんから引き継いだ「労働問題」とは違うんです。[pp.495-496]

また本書には「日本型福祉社会」論に関する話も出るが、その議論も、少子高齢化が進み世帯の在り様も変わる現代においてはリアリティを失っており、労働問題も、社会保障に関する議論と併せ、国家や制度といったもの抜きには語れなくなっているように思われる。

本書には、医学部の問題に端を発する東大紛争について、当時の経済学部教員としての視点から、その内実を含め、総長辞任に至る過程が語られており、史実の記録としても重要である。

牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』

 2018年刊。秋丸機関とは、陸軍省に設置された戦争経済を研究する機関であり、経済学者の有沢広巳らが参加した。ケインズが『一般理論』を刊行した1936年以前、あるいはレオンチェフの産業連関表はまだ使われていない段階での戦争経済・抗戦力研究であり、手法としては、「再生産」の考えに基づくマルクス経済学の「科学的」手法が用いられたと考えられている。

続きを読む

真の失業率──2021年6月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 6月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月より0.1ポイント低下、真の失業率(季節調整値)も3.4%と前月(3.6%)より0.2ポイント低下した。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する5月までの結果は以下のようになる。

 なお、今後は「真の失業率」に関する月次のエントリーは行わず、ダウンロード用のデータを随時、更新することにより、推計データを公開します。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

(データダウンロード)
www.dropbox.com

西野智彦『ドキュメント日銀漂流 試練と苦悩の四半世紀』

 1996年に始まる日銀法改正の議論からアベノミクスのもとでの異次元緩和まで、四半世紀にわたり、ジャーナリスト的な(極力私見を交えず丹念な取材に基づく)視点から日銀の動向を記述。1997年秋に始まる日本の金融危機、2008年の世界金融危機(いわゆるリーマン・ショック)など、自分にとっては同時代史の緊迫した場面を改めてなぞることができ、その間に金融政策の関係者が考えていたこと、政策決定の背景などが生々しく描かれる。
 1990年代以降、日本経済が長期停滞する中、日銀の金融政策は批判され続けてきたが、そうした中での日銀企画局、特に雨宮現副総裁の考え方や行動様式については、新たな理解ができるようになった。速水、福井、白川総裁期の日銀は、(福井総裁期の初期を除くと)実体経済に対し引締気味の姿勢が随所にみられたが、その間の総裁と企画局との対立、機能不全、間に挟まれる副総裁の苦悩などは、本書のような描き方により始めて明らかになる。

続きを読む

東京大学卒業生の進路からみる公務人気の変化(2021年度更新)

 国家公務員の労働環境については、「生きながら人生の墓場に入った」*1という言葉が代表するように、その過酷さが話題となり、NHKが特集を組む*2など、一部で話題が尽きない状況となっている。
 このような話が広まると、採用の現場にも一定の影響が生じることが考えられる。実際、今年度の国家公務員採用試験において、「総合職」の倍率は7.8倍で過去最低となり、東京大学出身者の割合も14%で6年連続で過去最低を更新したことが報道されている*3

 しかしながら、昨年のエントリーでも指摘したように、採用倍率が過去最低水準であることは、少子化が進んだことによる帰結ともいえ、加えて、試験に合格しても就職を希望しない者は、理科系を中心に多数存在する。よって、東京大学法学部および経済学部の卒業生の進路から国家公務員就職者の割合をみることで、公務人気の実際を別の面から確認した。

traindusoir.hatenablog.jp

 昨年のエントリーから1年経過したことを踏まえ、本稿では、改めてデータの動きを確認する。

続きを読む

ティディエ・エリボン(塚原史訳)『ランスへの帰郷』

 フランスの労働者階級に出自を持ち同性愛者である著者が、父の死を機に十数年ぶりに帰郷したことを起点として、自伝の形式をとりつつ、フランスにおける(所得面のみならず文化資本を含めた)格差の再生産、(かつては左翼政党を支持した)労働者階級の右傾化等の社会情勢が論じられる。以前取り上げたヴァンス『ヒルビリー・エレジー』のフランス版の趣もあるが、文体は異なり、ペダンチックな上品さがある。また日本語版の解説を含め、著者とブルデューの関係について興味を惹く記述がある。

traindusoir.hatenablog.jp

続きを読む

真の失業率──2021年5月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 5月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は3.0%と前月より0.2ポイント上昇したが、真の失業率(季節調整値)は3.6%と前月(3.6%)と同水準となった。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する4月までの結果は以下のようになる。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

(データダウンロード)

www.dropbox.com