コストプッシュ型のインフレと賃金の問題
賃金と物価の水準を相関図で確認すると、2013年以降、総じてみれば賃金と物価が歩調を合わせ上昇してきたことがわかる。それまでは賃金と物価がともに減少するデフレが継続していたが、2013年を境にそれが反転し、デフレではない状況となっている。
諸外国と比較し長期的に日本の賃上げが停滞していることはよく指摘されるが、図から窺えるのは、物価との関係においては、2013年以降、賃金は比較的順調に上昇していることである。諸外国との比較では、賃金だけでなく物価の伸び(インフレ率)も総じて低く、日本経済が構造的な「低圧経済」にあること、そうした中で労働生産性が低いこと等、社会・経済の構造的な側面から考えることも必要になる。
続きを読む小島武仁『マッチングの科学:理論と実践』
渡辺澄夫『ベイズ統計の理論と方法』
2012年初版刊行。読んだのは第3章の途中までだが、この先、特に第4章は自分に理解できる内容ではない。ただし、2018年に六本木ニコファーレにて開催されたMATH POWERでの著者の講演(ニコニコ動画にて閲覧可能)では、本書の第3章及び第4章の内容が扱われており、その意図が伝わるものとなっている。
本書が志向するのは、現実世界の「真の確率分布」と確率モデルにより推測された予測分布との「近さ」に関係する自由エネルギー、汎化損失、経験損失の挙動を知ることにより、ベイズ推測に関する「一般理論」を確立することである。これを踏まえて上記の講演を聴くと、事後分布が正規分布で近似できる場合*1を扱う「正則理論」(第3章)から、さらに「一般理論」(第4章)へと進む際、ベルンシュタイン・佐藤のb関数、(統計的推測の)ゼータ関数とその解析接続、広中の特異点解消定理といった高度な数学を経由しなければならず、その過程における著者の苦闘が実感を持って理解できるようになる。
続きを読む清水昌平『統計的因果探索』など
小野善康『資本主義の方程式 経済停滞と格差拡大の謎を解く』
日本経済は成長経済から成熟経済へと移行し、これまで、成長経済を基礎として作り上げられたマクロ経済学上の数々の処方箋は、大きな見直しを迫られている。本書で著者は、このようなストーリーを明快かつコンシステントに説明するモデルを提示し、これを基に現代の日本経済を読み解き、政策提言を行う。
著者の書籍は、これまで、本ブログでも何度か取り上げた。特に10年前の『成熟社会の経済学』(2012年刊行)のエントリーでは、前半に同書の内容を整理したが、端的にいえば、いわゆる「流動性の罠」が常態化し、実質残高効果(ピグー効果)が成立しない経済学、というものである。本書のストーリーも概ねこれと重なり、大枠として、これに付け加えるべきことは特にない。
強いていえば、本書はモデルによる説明を重視しており、特にモデルから導出される新消費関数は、ケインズの消費関数と因果関係が逆、すなわち消費が所得を決定するものとなることから、読み手の興味を引くものである。ただし、この新消費関数に関しても、同じく10年前の以下のエントリーの中程に記載したとおり、2007年に出版した『不況のメカニズム』の中で、既にケインズの消費関数が批判されている。
2010年の「信頼性革命」を起点に、経済学では実証分析の重要性が高まったとされ、このところ話題となる書籍も、ミクロデータを縦横に活用する骨太の実証モノが中心であったように思う。待機児童問題において政策上の既成の考え方が鮮やかに反証される、といったように、実証分析の社会的インパクトは大きく、研究者にとっても魅力を感じる分野であることがうかがえる。こうした中で、本書のような理論中心の書籍を読む経験には、最近では新鮮さすら感じさせる。
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