備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

東北6県の所得の低下と自殺率

 デフレは、物価と所得が相互に関係することで、名目所得の低下と強く関係するが、名目所得の低下は、必ずしも全国で一律的に生じているわけではなく、地域ごとに、その度合いには違いがある。試みに、東北6県と全国の名目所得(マクロの雇用者報酬)の推移をみると、つぎのようになる。なお、これは県民経済計算の雇用者報酬をみたものであり、現在のところ、2008年まで推計されている。このため、グラフでは、経済危機直後までの動きを表している。

 全国では、景気の回復にともない、2005年を境として所得は上昇に転じ、おおくの県は、これと同様に推移している。しかし、秋田および岩手の2県では、景気拡張期にあっても名目所得は低下しており、経済危機によって、その低下は一段と大きなものとなっている。
 ただし、マクロの名目所得は、雇用者1人あたりの所得に加え、雇用者数の影響も受ける。実際、秋田では、この間、雇用者数が大きく減少している。しかし、1人あたりの雇用者報酬でみても、秋田や岩手では、その水準に傾向的な低下がみられることに変わりがなかった。

 ここまでは、名目所得の推移をみてきたが、1人あたりの名目所得の水準を比較すると、つぎのようになる。

 東北6県の所得の水準は、全国と比較して総じて低く、特に、秋田では際立って低くなる。
 名目所得の水準は、必ずしも県民生活の豊かさを示すわけではない、との指摘もできるだろう。しかし、名目所得の低さは、つぎのグラフでみるように、自殺率の水準にも関係している可能性がある。なお、この自殺率は、警察庁の資料による2009年のものである。

 上述のとおり、秋田および岩手では、近年の名目所得の低下が著しいが、この2県は、自殺率の高さにも著しいものがある。同時に、1人あたりの名目所得の低さが説明する自殺率水準よりも一段高い水準ところに自殺率の水準がある。なお、この2県に加え、自殺率が高い県が2つグラフにみられるが、これらは、左から青森および山梨である。これらの4県では、所得の低さが自殺率の高さを促す傾向のほか、他の要因によって、自殺率は高くなっている。(自殺率がトレンド線の情報に位置しているため。)

 自殺の理由としては、経済的なものよりも、病気や健康に関するものがおおい。つまり、高齢化が進み、健康面に不安を抱える人が増加すれば、所得の水準にかかわらず、自殺率も高くなるはずである。下のグラフは、高齢化率(65歳以上人口比率、2009年)と、前述の自殺率との関係をみたものである。

 名目所得の場合と同じように、高齢化率も自殺率の高さに関係していることがみてとれる。秋田は、高齢化率が最も進んだ都道府県のひとつであり、その意味でも、自殺率は必然的に高くなる。ここでも、秋田、岩手、青森および山梨の4県では、トレンド線を超えて、自殺率は高くなる。
 なお、グラフの左側には、高齢化が進んでいないにもかかわらず自殺率の高い県がみられるが、これらは左から沖縄および群馬である。

 なお、これら2つの回帰分析の結果は以下のとおり整理され、自殺率には、高齢化率よりも名目所得の水準の方が強い相関性がある。

 以上の分析を整理すると、まず、名目所得はデフレの進行にともない全国的に低下しているが、その度合いには地域的な格差があり、東北6県、特に秋田や岩手では、近年、名目所得が著しく低下し、2003年以降の景気回復の恩恵もほとんど受けていない。
 名目所得の水準は、生活水準そのものを示すわけではない、との指摘も可能であるが、1人あたりの雇用者報酬と自殺率との関係をみると、名目所得の低さは、人々に大いなる影響を与えるものだといえる。すなわち、名目所得の低い地域では、相対的な所得の低さを克服することは、重要な課題となり得るものである。
 では、絶対的な水準ではない相対的な名目所得の低さ、あるいはより著しい傾向をもつ名目所得の低下を克服するには何が必要であろうか。十分な分析を踏まえたものではないが、ここでは、考え得るいくつかの論点を取り上げる。

労働分配率を高めること
 10年間の県民所得と雇用者報酬の低下率を比較すると、全国ではそれぞれ-5.8%、-5.6%であるのに対し、秋田県ではそれぞれ-14.5%、-20.9%であり、県民所得の構成である雇用者報酬の低下率は、一層大きなものとなっている。すなわち、労働分配率を高める余地はまだ残されている可能性がある。

・生産性の向上および需要の増加
 個々の企業の生産性を高めることや、県内の産業構成がより生産性の高い産業にシフトすることは、名目所得を高める余地を広げる。ただし、デフレが深化すれば、生産性が高まっても名目所得は高まらない。名目所得を高めるためには、生産性の向上にあわせ、需要も増加することが必要である。最近の統計にみられるように、震災後の需要の低下が限られたものであれば、今こそ、生産性向上策を促進すべき時期にあるともいえる。

・消費の増進
 消費が貯蓄以上に高まれば、貨幣の回転率が高まるため、物価の上昇にともない名目所得が増加することになる。例えば、「地産地消」を促進することは、二重の意味で、地域の名目所得の増加に寄与する。