備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

今年の15冊

 恒例ですので、今年もこのエントリーを書くことにします。今年は久方ぶりに、ツボに嵌る読書経験ができたように思います。他に嵌ったものとしては、コーセラの機械学習講義(by Andrew Ng)、慶応大学の数理物理講義(藤谷洋平)、iPadにインストールしたTex Writer & Verbosus / Anoc等々。今更ですが、最近のオープンオンラインコースの充実ぶりには目を見張るものがあります(つくづく、人生をやり直したくなります・・・)。

國重惇史『住友銀行秘史』

 イトマン事件は自分にとって同時代史とはいえないものの、戦後最大級の経済事件であり、記憶には残る。今年は山崎拓YKK秘録』なども読んだが、登場人物が重なっていたりして興味深かった。時代の空気は今とはかなり違う。ところで山崎前掲書について、自分にとっては同時代史であるため、「書かれていないこと」についても当時の報道など懐かしく思い出すわけだが、今の若い人にとっては素っ気なく感じるかも。

高田瑞穂『現代文読解の根底』

 石原千秋の解説を併せて読むことで、現代における「近代的自我」の限界を理解することができる。今年は、先にあげた本のほかにも『大学受験のための小説講義』、『教養としての大学受験国語』等を読み現代文の読解に「嵌った」が、年を経ても、読解力の上達は難しいものである。

竹内淳『高校数学でわかるフーリエ変換 フーリエ級数からラプラス変換まで』

 このシリーズを読むのは流体力学に次いで2冊目。内容はわかりやすく、丁寧な記述で、その分野の「ツボ」を理解したいと思うときには極めて有効なシリーズ。シリーズの中にはシュレディンガー方程式もあり、いま読んでいるところだが、量子力学について初めて「わかった」ような感覚を味わっている。

イアン・スチュアート(富永星訳)『若き数学者への手紙』

 数学者とは数学するチャンスを見出す人、証明とは物語、幸運とは備えのある頭脳をひいきにする等印象的な言葉がそこかしこにある。後半には研究者として生きる上での処世術もあり、学者の分類に関する話や「アカハラ」的な話など、ある種実践的でもある。

アミール・アクゼル(青木薫訳)『「無限」に魅入られた天才数学者たち』

 ヒルベルト「23の問題」の第1にあげられている連続体仮説をめぐるカントール、ツェルメロ、ゲーテル、コーエンの物語。「公理的集合論」は自分が数学に関心を持つ最初のきっかけ。今思えば、そこから派生し柄谷行人など読むようになり、それがまた何度目かの進路選択の失敗につながったようにも思う。本書の脚註には数学基礎論を研究した数学者と心の病について言及されているが、自分が知っている中でも「公理的集合論」に関心を持った人間が二人おり、うち一人は大学院時代に自殺、もう一人は最後まで研究の道を諦めなかったようだが最後は早死した。

ドナル・オシア(糸川洋訳)『ポワンカレ予想』

 既に読んだガッセン著等はペレルマンの人となりに多くを割いているが、本書は問題そのものを歴史的経緯も踏まえ解き明かしているところが特色。また、数学の歴史についても詳しい。「謝辞」を読むと著者の人間性に触れることができ、少なからず感動を覚える。

吉川洋『人口と日本経済 長寿、イノベーション、経済成長』

 マルサスケインズ人口論からロバートソンの「需要の飽和」論まで、経済成長における需要の役割を取り上げ、新たな需要を創り出す「プロダクト・イノベーション」の必要性を指摘する点は、これまでの著者の主張と変わらず、特に新たな視点があるわけではない。根拠は明確ではないものの、日本経済の潜在成長率は1.5%はあるとし、現下の「人口減少ペシミズム」や日本企業の消極的な投資を問題視する。

東京国立近代美術館『声ノマ 吉増剛造展』

 7月、子どもが通ってる塾の説明会の帰りに偶然立ち寄り、ジョナス・メカスの映画も併せて見ることができた。サインも頂いたが、子どもの名前を書いてもらった。